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2012年1月22日 (日)

こむら返り

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昨日はこの厳寒の中、ゴルフを楽しむ。野田市にある「紫カントリークラブ あやめ36コース」EASTコースでプレー。
元旦に買ったゴルフ用ダウンと耳を隠せるキャップ付きの帽子、12月に廻ったコースの「ワンオンチャレンジ」でもらったネックウォーマー。寒さ対策万全で臨む。しかし悲劇は待っていた。この季節、私にとっての大敵は「こむら返り」だ。後半3ホール目のショートホール。ティーショットでそれは起こった。「こむら」とは、文字通り「ふくらはぎ」のこと。急激に左ふくらはぎに痛みが走る。通常、芝に座って足を伸ばすのだが、今日は、霙(みぞれ)が朝から降った関係で下は濡れており座ることもできない。ひたすら、つりが引くのを立ったまま我慢する。少し収まりかけた所でなんとかカートへ。ここで足を伸ばし、事無きを得る。ここから、一打一打左足を庇いながら、奮闘。
スコアは、47:45=92。相変わらず、凡ミスのトリ2回で80台は遠い。霙は、昼食時に強く降っただけで助かった。コースは、平坦でオーソドックスなコースで是非また行きたい。


2012年1月21日 (土)

ミレニアム 2,3 上・下

23「ミレニアム 2 火と戯れる女」「ミレニアム 3 眠れる女と狂卓の騎士 」4冊を一気に完読。

book背中にドラゴンのタトゥーを入れた女性調査員リスベットにたたきのめされた彼女の後見人ビュルマン弁護士は、復讐を誓っていた。ビュルマンはリスベットの過去を徹底的に洗い、彼女を心の底から憎む人物を探し出した。彼はその人物と連絡を取り、リスベットを拉致する計画が動き始める。その頃、月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルらは、重大な決断をしていた。ジャーナリストのダグとその恋人ミアが進める人身売買と強制売春の調査をもとに、特集号を刊行し、書籍を出版することを決定したのだ。ダグの調査では、背後にザラという謎の人物がいるようだった。旅行先から帰ってきたリスベットもダグの調査を知り、独自にザラを追い始めた。だがその矢先、彼女の拉致を図る者たちの襲撃を受けた!。『ミレニアム』三部作の第2部。

book宿敵ザラチェンコと対決したリスベットは、相手に重傷を負わせたものの、自らも傷つき、瀕死の状態に陥ってしまった。現場に駆けつけたミカエルの手配で、リスベットとザラチェンコは病院に送られ、一命を取りとめる。だが、彼女の拉致を図っていた金髪の巨人ニーダマンは逃走してしまう。この事件は、公安警察の特別分析班の元班長グルベリに衝撃を与えた。特別分析班は、政府でも知る人の少ない秘密の組織で、ソ連のスパイだったザラチェンコの亡命を極秘裡に受け入れ、彼を匿ってきた。今回の事件がきっかけでそれが明るみに出れば、特別分析班は糾弾されることになるからだ。グルベリは班のメンバーを集め、秘密を守るための計画を立案する。その中には、リスベットの口を封じる卑劣な方策も含まれていた…三部作の最終篇。  

最後の2冊は止まらぬおもしろさ。今日はゴルフでしたが、昨夜3時まで読んでしまいました。


2012年1月14日 (土)

ミレニアム 1 ~ ドラゴン・タトゥーの女 上・下

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待望の文庫本化で、「ミレニアム」三部作 読み始めました。 まずは、1を完読。スウェーデンを舞台に繰り広げられる大ミステリー。全世界で2100万部のベストセラー。これは読んでおかねば。作家のスティーグ・ラーソンは、出版前に他界しています。
book月刊誌『ミレニアム』の発行責任者ミカエルは、大物実業家ヴェンネルストレムの違法行為を暴露する記事を発表した。だが、名誉毀損で有罪になり、彼は『ミレニアム』から離れることになる。そんな彼の身元を大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルが密かに調べていた。背中にドラゴンのタトゥーを入れ、特異な風貌をした女性調査員リスベットの働きで、ヘンリックはミカエルが信頼に足る人物だと確信し、兄の孫娘ハリエットがおよそ40年前に失踪した事件の調査を彼に依頼する。ハリエットはヘンリックの一族が住む孤島で忽然と姿を消していた。ヘンリックは一族の誰かが殺したものと考えており、事件を解決すれば、ヴェンネルストレムを破滅させる証拠資料を渡すという。ミカエルは信頼を受諾し、困難な調査を開始する。


2012年1月 8日 (日)

初打ち

得意の「小見川東急GC」にて、大学の先輩方との初打ち。しかし、昨年末の45:48=93と全く同スコアにてがっくり。この日は、完全防備の防寒対策をして臨んだのだが、あまり寒くもなく風もおだやか。絶好の80台日和にもかかわらず、前半のカチカチのグリーン、苦手のバンカーなどが襲いかかる。パーを5つも拾いながら、ショート4つで9オーバーが大きく響いた。次回以降の巻き返しを誓いたい。

大戸神社~香取神宮境外第一末社

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ゴルフの前に参拝。香取神宮第一末社「大戸神社」。大栄ICから車で5-6分。老尾神社と共に、香取神宮大禰宜家香取氏が祀官として祭る神社。ご祭神は「天手力男命」である。しかし『日本地理志料』では天島船命、とし、また、『下總國舊事考』において清宮秀堅は「天島船命荒魂」であるべし、としている。たぶんこちらが正解かなと思う。

息栖神社(天島船命)-香取神宮-大戸神社は、東西一直線。この位置関係からして天島船命がしっくりきます。
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拝殿は南面しており、朝日を浴びて美しい。社紋・神紋は当然香取神宮と同じ「五七の桐」と「三つ巴」。
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本殿は、朱色の壁が鮮やかな三間社流造のようです。
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本殿後方にご神木が並び(一番左は夫婦杉)、県社ならではの格を感じさせる神社でした。


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ちなみにこの日の参拝は、朝7:40。手水舎の水が凍っていました。

諏訪神社(佐原)

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街の路地に一の鳥居がある。
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境内は、佐原の西の小高い丘に。
天慶の乱(天慶2年・939年)に大神惟希が伊予国の藤原純友を討った功績により下総国大須賀領主に任ぜられ、領国鎮護の神として信濃国より勧請。
天正年間に領内農民が佐原を開発するにあたり奉遷。また佐原の開発に携わった伊能家が氏神として伊能村(大栄町)より勧請ともされる。
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参道を歩いていゆくと、急激な階段が待ち受ける。(127段です)
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拝殿のいたる所に神紋である「諏訪梶紋」が。
そして龍神らしく、正面に龍の彫り物。
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本殿は、一間社流造です。
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八坂神社(佐原)

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本日、三社目は佐原 八坂神社。風変わりな本殿を撮影したくて参拝。
佐原地方に疫病が大流行したときに霊験のある牛頭天王を勧請したことにはじまるという。もちろん御祭神は素戔鳴命(すさのおのみこと)。
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下の写真が、拝殿-本殿。一体何造りなのでしょう。
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おもしろい。


2012年1月 7日 (土)

海王 上・中・下

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昨年 中巻を読んだ所で終了。(150冊完読)
今年最初の読書は、宮本昌孝著 剣豪義輝の続編である「海王」。

剣豪将軍・足利義輝の遺児、海王の「情」と「義」を貫く清爽な生き様を「縦糸」に信長をはじめ、秀吉、家康といった武将たち、伊藤一刀斎、柳生石舟斎、神子上典善、小野善鬼といった剣豪、服部半蔵といった忍び等の絡み合いを「横糸」に数奇な運命に翻弄される人々を活写し、物語は息つく暇なく展開し、手に汗握る面白さは、汲めども尽きない「ロマン」の世界である。


2012年1月 4日 (水)

靖國神社参拝


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今年も、靖国神社に初詣。本殿での公式参拝です。出店には、いろいろなB級グルメ店が並んでいました。これは最近のはやりなのでしょう。

2012年1月 1日 (日)

謹賀新年!!

あけましておめでとうございます。
今年のモットーは「泰然自若」と決めました。2011年は、震災に始まり、色々なことがありすぎました。何が起こってもおかしくない時代です。何が起こっても驚かないことが重要です。今年1年頑張りましょう。

2011年12月30日 (金)

ボーリング

現在の部署の忘年会は、ボーリング+中華で宴会。社会人になってからは25年で5回くらいしかやっていないが大学時代はかみさんとよくデートでボーリングをしていた。ストライクが出だすと止まらないのは知っている。1ゲームでスパットにボールがいかない。オープンも簡単に出る始末。終わってみれば134。何と平凡なスコア。しかし2ゲーム目に「神は舞い降りた」。1フレーム目スペア。2-5の4連続ストライク。6フレーム目8本のオープン。ここまでか?いやいや7-10の1打目まで再び4連続ストライク。終わってみれば233。当然のように優勝。i-pod頂きました。息子にあげよう。

2011年12月25日 (日)

横山三国志

北方 三国志 13巻再完読。結局、続いて横山光輝「三国志」30巻(マンガ)を読んでいる三連休でした。

iphone 4s に

Iphone4s携帯をiphone 3GSに変更して1年9ヶ月。「5」が出るまで我慢するつもりだった。しかし、やはり4Sに・・・ついつい機種変更。
オペレーティングシステムがios5にヴァージョンアップして以降のモッサリ感に耐えられなくなったのが最大の理由である。とかなんとか言いながら まあ本当は新しもの好きなだけなのだが・・・・・。
でもカメラの良さには驚いた。メモリーの喰われ方も少ない。「5」なるべく直ぐに出ないようにお願いします。


2011年12月17日 (土)

北方謙三 三国志1-13巻再読中

月初のゴルフ合宿でお小遣いを使いすぎたので、倹約のため本代をうかしたい。よって只今北方謙三の三国志 全13巻再読中。現在9巻目。北方三国志の人物像で面白いのは、なんといっても張飛。呂布・馬超もなるほどという描き方。そして孟達。こいつが鍵を握る重要人物として、またその有り様を誰よりも浮き彫りにしているところは必見だ。赤兎馬のように怒涛で読み進もう!!

今年の打ち納め

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今年の打ち納めに行って来ました。成田の南にある「イーグルレイクゴルフクラブ」です。会社の同僚とのプレーだ。今日は今年一番の寒さ、スタートも7:22と早め。予想通りグリーンは「ホワイト」。霜が降りてカチカチ。その上、此のコースはトリッキーで、狭いときている。しかし、3番ミドルでバーディー。でも後が続かない。しかし前半はなんとか45と凌いだ。後半は2組まち3組まちのホールが軒並み。名前通り池絡みのホールが渋滞を巻き起こしている。こういう時はホントに駄目なのだ。忍耐がきかない。やはり切れた。OB連発。結局48も叩き、あえなく今年最後は93で終わる。来年は、少し練習もしようかと思う此の頃である。


2011年12月10日 (土)

謎手本忠臣蔵 上・中・下

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加藤廣著「謎手本忠臣蔵 上中下巻」完読。この時期は、やっぱり忠臣蔵か。
bookその朝、勅使の登城はなぜ早められたのか? 将軍側近・柳沢吉保の胸中に兆した、微かな疑念。背景に浮上したのは、朝廷との確執と、喪われた密書。動機を語らず切腹した内匠頭の真意とは――。これは幕府と朝廷の情報戦争だ! 元禄赤穂事件の謎を解き明かす国民文学・忠臣蔵の決定版。

綱吉と柳沢と桂昌院従一位叙位と忠臣蔵事件。事件の構図をたんなる狂気や浅野の短慮にのみ求めないところ、当時の為政者も世論を気にし、また利用してきたところは、まあ面白い。

しかし、忠臣蔵は謎は謎でいいのではないかという気がする。そこに男の美学があるだけで十分に日本人の心をうつ。そんな気がする。

忠臣蔵は、小学校4年の時に、TBSで火曜の9時から放映された「大忠臣蔵」を夢中で欠かさず見たのが最初だ。受験で東京へ来た時も、一人で泉岳寺へお参りにいったくらい好きだった。当時は四十七士も全員覚えていた。この「大忠臣蔵」キャストがすごかった。今思えば感動モノです。こちらのリンクから是非見てください。→キャスト
音楽も富田勲が担当。すばらしかった。これを超える忠臣蔵は二度とないだろうと思う。

2011年12月 5日 (月)

宮城谷 三国志7巻

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文庫本 宮城谷昌光著 「三国志7」。1年ぶりの発刊。随分と待っていたのだ。そして驚くことに今後も1年に1冊のペースだという。あまりのことに肌が粟だった。(北方風いいまわし)しばらく読まないと心に決めていた。でもやはり買ってしまう。そして読み始めたら結局1日で読んでしまう自分がいた。

book荊州において劉備の勢力が膨張している。孫権は本気で荊州を劉備に任せたのであろうか。北方にいる曹操の目には、両者は協調しているように映る。そして西方には馬超と韓遂がー熾烈な戦いを進める初老の曹操にとっていまや蔵月さえも障害になりつつある。建安二十一年、魏王となった曹操は、後継を誰にするか迷いの中にいた。・・・

劉備の蜀への侵攻。曹操の西涼の併呑などが描かれています。やはり細かな人物の外伝を丁寧に拾っていて、とてもおもしろいです。


2011年12月 4日 (日)

親鸞 上・下

12五木寛之著「親鸞 上・下」を読む。
book混迷と激動の時代を疾走した巨人。その苦悩は、今の私たちと同じ悩みであり、その決断は現代の闇を貫く。数々の国民文学を生み出した著者が描く渾身の長編小説!

両親を亡くし叔父の家に身を寄せていた幼少時代から越後に流罪になるまでの約 20 年間を描く。親鸞をして「たとえ地獄に行かなければならないとしても信じ通す」とまで言わしめた法然上人と出会い、生涯の伴侶となる恵信尼と出会い、そのなかで、如何に自分の信じる道を歩んで行こうとするかが、ハッキリとわかる小説であった。

これは、たぶん続編がありそうです。


豪雨と烈風にて

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この土日は、前々より楽しみにしていた、ゴルフ合宿。会社の元上司・先輩との和気藹々の時間を過ごした。舞台は、那須塩原にある「西那須野&ホウライ」の名門コース。がしかし、とうとう晴れ男を返上しなくてはならない。土曜日は、土砂降りの雨。寒さに凍えながら、ただホールをこなすだけのつらい一日となった。

楽しみは、夜の夕食とお酒。ビール・日本酒・焼酎と5時半から3時間の席で大いに盛り上がった。隣接するコテージに泊まり、温泉もありで、最高だ。明日は晴れるそうなので巻き返しを誓った。

しかし日曜日はとんでもない環境でした。烈風とはこのような風を呼ぶのだろう。那須高原からの冷たい風は風速20m以上で常時吹き荒れた。ボールは、10-20mも流され、池や林への大騒ぎ。全くゴルフにならなかった。

真の実力のなさを思う存分味合わされた2日間であった。

しかし、その中でメンバーであるS顧問、両日とも80台。これが本当の実力者だ。素晴らしいの一言です。

それにしても気の置けない先輩たちとのゴルフは本当に楽しみである。また、近いうちに是非参加したい。

さて、今日朝、ホウライカントリーにて朝食中に窓からコースと虹が見えました。
思わずiphoneでぱちり。


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両コースは共に難コースでありながら、一つ一つのコースが美しく、趣があり、すばらしいゴルフ場でした。また是非、挑戦したいです。

2011年11月27日 (日)

楯縫神社 ニ座

ゴルフの時間が遅いので、早めに出発して、延喜式内社である茨城 美浦にある「楯縫神社」神社を参拝。
まずは、木原にある「楯縫神社」へ。こちらが式内社といしては有力みたいだ。
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一の鳥居を過ぎると、200mくらいの参道が続く。
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ちょうど中間くらいに二の鳥居がある。
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境内は、紅葉により静謐感が漂っている。
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ご祭神は、「普津主命」である。推古天皇十六年(608)の創祀。普津主命が兜楯を脱いでこの地に残された故事にちなんで楯脱ぎ(楯縫)の社号となったという。神紋は「三つ巴」のようだ。
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本殿は、一間社流造。古びた神社であるが、静かで凛としたところが気に入った。
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次に信太にある「楯縫神社」。
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鳥居の横にある杉の木は見事だ。ご祭神は「経津主命」。木原とは字が違うが同じ神である。
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こちらも鳥居をくぐると100mほど参道が続く。
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本殿は、同じく流造。

さて、楯縫神社は、忌部系氏族「楯縫連」の祖神とされる彦狭知命という説がある。千葉・茨城は元は出雲系であることから、こちらの説が正しいような気がする。


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