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2014年5月11日 (日)

大事なおしらせ

2005年より継続し、とうとうブロバイダーの無料制限容量に達しました。これより、下記へ引っ越しいたしましたので、よろしくお願いいたします。引き続き新しくブックマークをしていただきご覧ください。

2014年5月 4日 (日)

鶴岡市街

3日目。まず鶴岡市街にある洋館を訪ねました。昨年の弘前同様に、鶴岡には、明治大正時代の洋館がたくさん残っているそうです。時間の関係もあり、その中から3か所訪ねました。

まずは、「到道博物館」。元々は庄内藩主酒井氏の御用屋敷だったものを博物館としたとのこと。
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2か所目は、「大寶館」。大正天皇の即位を記念して建てられた、オランダバロック風の窓とルネッサンス風のドームをあわせ持つ、完成度の高い擬洋風建築でした。 P1030935
3つ目は「鶴岡カトリック教会」。赤い塔屋がひときわ目を引く白亜の殿堂で、明治36年に建てられたものでロマネスク様式教会建築の傑作として国の重要文化財に指定されています。
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この日の青空の綺麗さに実は一番びっくり。

出羽三山神社(1)

「桜を観に行こう」で始まった今回のもう一つの目玉「出羽三山神社」を目指します。

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約10km手前に大鳥居があります。
Dewasannzann
麓に「随神門」があり、ここから有名な「五重塔」まで15分、かみさんも歩きますが、下りの時間短縮とかみさんの「パス」の一声で、かみさんは上の駐車場まで車で向かい境内で合流することに。
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「隋神門】が見えてきました。ここから一旦下ります。
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暫く歩くと神橋と祓川・須賀の滝が見えてきました。神聖なる山上と俗世を分ける境界です。
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そして、「爺杉」。その向こうに「五重塔」が・・・
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杉の間から、その壮麗な姿を望むことができます。
そして正面に。
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とにかく感動!!ちょうど山伏姿の団体案内の方に出くわしました。
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横からも写真を撮りましたが、五重塔よりも高い杉に囲まれている姿が圧巻です。
ここで、かみさんと一旦お別れ。2446段の階段を1時間かけて境内を目指します。
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早速、朝日に包まれた杉並木の階段が待ち受けます。
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急な階段が3か所。ときより緩やかな坂にホッと一息。
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中腹には、休憩ができるお茶屋もあります。
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日頃のゴルフで鍛えているが流石に足が重い。
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最後の難所「三の坂」。あと少し・・・
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見えてきました。山頂下鳥居。
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到着。かみさんと言えば、のんびりと駐車場横の喫茶で「コーヒーにアイスクリーム」で寛いでいました。

出羽三山神社(2)

かみさんと合流し、表鳥居から境内へ。
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広大な敷地に巨大な本殿。
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正面、鏡池から・・パチリ
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近くによるとカメラに収まり切れません。
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本殿は、修験道独特の合祭殿造。 左から湯殿山神社(ご祭神・・・大己貴命 少彦名命 大山祇命) 真ん中は月山神社(ご祭神・・・月讀命) 右手が出羽神社(ご祭神・・・伊弖波神<いではのかみ> 稻倉魂命) ご神紋は「三つ巴」です。 P1030989
境内には数多くの末社がならんでおり、圧巻です。 本殿左手には、開祖 蜂子皇子をお祀りする「蜂子神社」があります。
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待望の出羽三山神社、参拝できてよかったです。
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境内へ上った駐車場からは、晴れて美しい月山が見えました。大満足です

熊野大社(南陽市)

羽黒山を後にして、一気に南下。米沢に向かう途中にある南陽市の「熊野大社」に参拝。

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ご祭神は、本殿に熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)二宮に熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)三宮に熊野家津御子大神(くまのけつみこのおおかみ)です。 P1040011
参道の階段を上がると、千鳥破風に唐破風、両方の向拝をもつ茅葺屋根の見事な拝殿が。
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千鳥破風の上には「鬼瓦」
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神紋は「十四弁菊花心に三つ巴」紋。
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こちらは、本殿裏側に三羽の兎が隠し彫りされています。「この三羽の兎を全て見つけるとお金に困らず、幸せになれる、願い事が叶う」と言い伝えられています。見つけたような気がしますが、確信が持てないです。

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本殿は「一間社春日造」のようです。
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熊野大社、見事な神社でした。

上杉家廟所

南陽市から30分、最後の訪問地「米沢」へ。まずは、「上杉家廟所」へ向かいます。

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上杉家家紋「竹に雀」紋の幕をくぐって廟所へ。
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参道を進むと「龍」と「毘」の旗印が見えます。
正面が、謙信公の廟です。
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向かって左に2代景勝、4代綱勝、6代吉憲、8代宗房、10代治憲、12代斉定の祠堂が並び、中央より向かって右に、3代定勝、5代綱憲、7代宗憲、9代重定、11代治広の祠堂があります。
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廟屋は、上杉景勝公から8代藩主・上杉宗房公までが入母屋造り、9代藩主・上杉重定公(藩政を立て直した名君・上杉鷹山公の義父)から12代藩主・上杉斉定公までが宝形造りと時代により建て方に変化があるようです。 P1040035
樹齢400年を越す老杉に囲まれ、厳粛な空気に満たされている御廟所でした。

上杉神社

2泊3日最後の訪問地は、旧別格官幣社「上杉神社」です。明治9年、上杉謙信公、上杉鷹山公を祭神として、米沢城本丸跡に建立されました。

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境内には、謙信公、景勝公と直江兼続、鷹山公の銅像があります。

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本殿は、流造。神紋はもちろん「竹に雀」紋でした。

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これにて、2014GWの「秋田・山形 桜を観に行こう&神社参拝の旅行」終了です。

福島駅でレンタカーを乗り捨て、ツバメにて東京駅へ。

満喫の3日間でした。

2014年5月 3日 (土)

八郎潟 菜の花・桜ロード/寒風山

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約14kmにわたって菜の花と桜が咲くフラワーロードは、大潟村の春の風物詩。

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ここも是非訪れたかった場所です。満開は過ぎていましたが菜の花とのマッチングは最高です。何度も車を止めて、その美しさを堪能しました。

そして、太平洋と八郎潟を一望できる寒風山へ向かいます。

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山の頂上はこんな感じ。

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こちらで雄大なパノラマ絶景を満喫。(パノラマ・・クリックして見てね)

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目指すは、男鹿半島の突端「入道崎」です。

入道崎とゴジラ岩

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秋田県男鹿市、男鹿半島北西端に位置し、日本海に突出する岬です。

こちらは北緯40度線上にあることから、それを印したモニュメントが配置されています。 P1030864
正面が真北です。左右が北緯40度。
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今日は天気も良く海も穏やか。北国の海とは思えないほどです。
ここから、男鹿半島を南に下り「ゴジラ岩」を目指します。
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ありました「ゴジラ岩」。海岸にある駐車場(満潮時はアウトかも)に車を止め、ゴツゴツした岩場を歩くと確かにゴジラに似た岩が。
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男鹿半島 西海岸は、様々な地形をもつ海岸でかなりお勧めのドライブコースです。

赤神神社 五社堂

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赤い鳥居をくぐると、なまはげ(鬼)が一夜で築いたといわれる伝説の999段の石段。 P1030868
こちらは、同じく鬼が積み上げたといわれる宮崎の東霧島神社よりも大変。
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我が家の鬼も必死で登っています。
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到着直前に二の鳥居。
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そして、ありました五社堂。 五社堂は赤神神社の本縁とされており、中央堂に主神として赤神を祀ったので、赤神神社の名称になったとされています。建保四年(1216)別当円転が霊夢に感じて鎌倉の右大臣源実朝公に請願、円転に命じて叡山山麓の山王上七社を勧請したもので二社廃れたので五社に配祀されたとされています。(ご由緒より) 各堂の名称は向かって左から、「十禅師堂」「八王子堂」「中堂」「客人(まろうど)権現堂」「三の宮堂」と呼称されています。 ご祭神である赤神は古くから「漢の武帝」であるとされているようです。これは、江戸時代に久保田藩士梅津利忠が撰した「本山縁起別伝」にあり、ほとんど通説になっているものです。おもしろい。
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鳥海山ブルーライン

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男鹿半島を後にして、一気に山形県へ南下してゆきます。目指すは「鳥海山」ブルーライン。
ところがです。恐るべし「鳥海山」。標高2236m、出羽富士といわれた名山。
晴れていれば、↓こんな感じなのでしょう。(写真はネットからの借り物です)
Tyoukai
しかし、今日は天気が悪く何も見えない。そしてブルーラインを登っていくと霧が発生。徐々に視野が・・・。最初は「10M先が見えない」といっていたのが、そのうち2台前を走るが消え、5m先の視野に・・・・そしてとうとう1台前の車すら見えなくなる始末。。。。ドライブウェーの頂上付近は、3mの雪の壁。
ちょうど、かみさんが運転していたのですが、久しぶりに恐怖の連続でした。寒い中、窓を開けて、左の白線をたよりに誘導。。。ノロノロ運転でなんとか切り抜けた(霧ぬけた)ドライブでした。というわけで、当然、写真は0枚。

石原莞爾将軍墓所お参り

鳥海山ブルーラインを南に下った場所は「遊佐町」吹浦地区です。こちらに、「石原莞爾将軍」の墓所があるので、お参りさせていただきました。

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石原莞爾将軍は、「世界最終戦論」など軍事思想家としても知られ、「帝国陸軍の異端児」の渾名をもち関東軍作戦参謀として、板垣征四郎らとともに柳条湖事件を起し満州事変を成功させた首謀者です。しかし、彼は尊敬に値する人物だと私は思います。
P1030909 東条英機首相と反目した生涯を貫いていた石原1人のために、極東軍事裁判は、わざわざ酒田(山形県)臨時法廷を開いている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 酒田臨時法廷に先立って担当の裁判官が西山農場に石原氏を訪ねてきている。満州事変の立て役者だったから石原訊問は欠かせない。石原自身も自ら戦争犯罪人の名乗りをあげていた。 米軍将校の取り調べで「戦犯の中で誰が第一級だと思うか」と聞かれた。確執があった東条首相をあげるか、戦犯の名乗りをあげている自分が第一級と言う回答を期待していた。ところが石原氏は臆することなく「それはトルーマンだ」と言い放つ。 度肝を抜かれた米軍将校に対して「国際法で非戦闘員は爆撃してならないとしているのに、トルーマンは一般住居を爆撃し、長崎、広島に原爆を落とした。トルーマンこそ第一級の戦争犯罪人である」と言った。 何とか東条首相を第一級の戦争犯罪人と言わせたい米軍将校は「あなたは東条と意見が対立していたというのは本当か」と質問を変える。石原氏は「そんなことはない」と即座に否定して「東条には思想もなければ意見もない。私にはそれが若干ながらある。思想もなければ、意見もない者と対立できる筈がない」と言って横を向いた。 ソ連将校もきた。「石原氏の天皇に対する崇拝の念は”信仰”なのか」と質問している。「お前はスターリンを神のごとく信仰しているくせに、他人の信仰をさげすむ下司野郎だ。トットと帰れ」と怒鳴ってソッポを向いてしまった。こんな男を戦争犯罪人に指名したら極東軍事裁判はかき回されるという声が連合国の中に生まれている。「触らぬ神に祟りなし」というのが、石原莞爾将軍が戦犯にならなかった理由ではないか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そんな石原将軍の墓所をお参りできて感激でした。

鳥海山大物忌神社(吹浦)

出羽国一の宮は「大物忌神社」です。鳥海山頂の本社と、麓の吹浦と蕨岡の2か所の口之宮(里宮)がありますが、今回は、吹浦地区にある大物忌神社を参拝させていただきました。

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ご祭神は「大物忌大神」=倉稲魂命。ここ吹浦では、月読命も祀られています。 P1030895

拝殿は、極めて質素。「大物忌」とは不浄を嫌うという意味で、強い浄化力があるそうです。 ご神紋は「鳥海ふすま」という独特の紋でした。 P1030905

本殿は、右に大物忌神、左に月読神をお祀るする両所式本殿で、拝殿と打って変わって朱の美しい流造でした。

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これにて、54社目の一の宮参拝となりました。

酒田

本日、最後の訪問地は「酒田」です。こちらでは「山居倉庫」と「土門拳写真記念館」を訪ねました。「山居倉庫」は、市街の南部、新井田川の河口近くにある庄内米の貯蔵庫で、その歴史は藩政時代に遡ります。現在の倉庫は1893(明治26)年に建てられたもので、土蔵造12棟が並び、倉庫前の船寄や裏手のケヤキ並木と相まって往時を偲ばせます。北前船の頃は大いに賑わっていたのでしょう。こちらでは大商人「本間家」も有名。日本一の大地主としても知られており、『本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に』と呼ばれるほどの財力を誇ったようです。

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「土門拳写真記念館」は、酒田市出身の世界的写真家土門拳氏から代表作「古寺巡礼」など全作品7万点を寄贈されたのを受けて開設した、日本で初めての個人写真美術館です。写真なので少し馬鹿にしていましたが、大間違いでした。一級の芸術品です。 P1030920

記念館の中は撮影禁止なので、館の庭をパチリ。まだ桜が綺麗に咲いていました。

湯野浜温泉宿泊 夕日

2日目の宿泊は湯野浜温泉「竹屋ホテル」。こちら湯野浜の名物は、日本海に沈む夕日です。17時過ぎに到着。3時ごろの雨も止み、晴れてきたので夕日が楽しみです。暫く部屋で寛ぎ、18時15分頃に、目の前の海岸へ。

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雲から抜けて太陽が少し見えてきました。
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夕闇に海岸が包まれます。
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残念ながら水平線の直前で雲に消えていきましたが、久しぶりに日本海に沈む夕日を体験しました。

2014年5月 2日 (金)

秋田・山形 桜と神社の旅 前説

2011年から始めた「春は桜を見に出かけよう」の旅。今年で4年目です。

2011年 信州高遠城 2012年 三春の滝桜と会津鶴ヶ城 2013年 弘前城と十和田
そして今年2014年は「角館と八郎潟 菜の花桜ロード」へ。
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今回の行程
東京-角館 「こまち」にて
角館でレンタカー 最後は福島乗り捨て
福島-東京 「つばさ」にて
5/2 角館-田沢湖-秋田 秋田宿泊
5/3 八郎潟-男鹿半島-鳥海山-酒田 湯野浜温泉宿泊
5/4 鶴岡-羽黒山-南陽-米沢-福島
桜・湖・海・山・神社とてんこ盛りの東北旅行でした。いざ・・・
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青森行きの「はやぶさ」と秋田行きの「こまち」の連結です。
5/2 7:36 東京駅 出発!!

角館

東京から新幹線「こまち」でわずか3時間。10:40到着。東北も近くなりました。東北三大桜の名所「角館」です。少し天気が悪く、雨模様。残念な桜予報では2日違いで盛りは終わっています。しかしこればかりは読めなし、都合よく休みもとれないので致し方なし。

角館観光マップ片手に早速、散策です。
Map
まずは、西宮家・田町武家屋敷界隈へ。
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かなり葉桜状態ですが、ところどころにまだ頑張っていた桜が。
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ここから西へ。桧木内川堤ソメイヨシノを観に歩きます。
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「ソメイヨシノ」ありがとう!!満開は過ぎてますがまだまだ。そして桜の花の絨毯。
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お見事!!感動です。
赤い橋「横町橋」まで歩き、武家屋敷街に向かいます。
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やはり「葉桜」ですが、観光客で通り(歩行者天国)はいっぱいです。
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伝承館入口の桜はセーフ。
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古城山の桜は、頑張ってくれてました。
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平福記念美術館では、紅葉との競演をパチリ。
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満点ではありませんが、やっぱり来てよかったです。
昼食は、武家屋敷沿いにも関わらず、二階なので意外に空いていた「まる善」にて
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名物<稲庭うどん>を戴きました。
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角館駅への帰り道「田鉄家」に。
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お庭
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入口
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最後にもう一か所 綺麗に咲いている「しだれ桜」がありました。
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13:00 唐土庵にて名物 「もろこしあん・もろこしクッキー」をお土産に買い
田沢湖へ向かいます。

田沢湖

田沢湖・・・最大深度は423.4mで日本第一位(第二位は支笏湖、第三位は十和田湖)、世界では17番目に深い湖です。湖面標高は249m。ここでのお目当ては「たつこ像」 。P1030779

若さと美しさを何とか保ちたいと願い、お告げ通り泉の水を飲み、いつの間にか龍に。自分の身に起こった報いを悟った辰子は、田沢湖に身を沈めたという伝説があるそうです。

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たつこ像のそばに「浮木神社」。湖面に張り出すように建っています。流れ着いた大木の浮木(流木)を祀っています。
そして、たつこ像から北側の湖面に朱の鳥居が美しい「御座石神社」があります。
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こちらが事代主神・綿津見神ととともに「辰子姫神」をお祀りする神社です。
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竜神「辰子姫像」も建てられていました。
田沢湖は、曇天にも関わらず、水がきれいでびっくりです。
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唐松神社

秋田県大仙市協和に位置する待望の「唐松神社」に参拝。

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参道の杉並木が暫く続く。圧巻。
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樹齢300年樹高45mもの杉があるそうだ。
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本宮のご祭神は、軻具突命 息氣長足姫命 豊宇氣姫命 高皇靈命 神皇靈命。
「物部文書」によると、唐松神社は、本来「韓服宮」という名前。三韓征伐後、つまり韓を征服した神功皇后の創建という意味。新羅征討に参加した、物部氏・膽咋連(いくいのむらじ)が、皇后の御腹帯を拝受し、当地に来て、月出野に、当社を創建した。
こちらの宮司は、なんと代々「物部氏」なのだそうだ。
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朱の二の鳥居「台輪つき両部鳥居」をくぐると拝殿は、階段下に見える。下りの宮である。
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神紋は「三つ柏」。
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「下りの宮」は珍しい。本来の祭神である「饒速日命」が関係しているのは間違いない。あまりにも霊力が強いか、静かに鎮まってもらいた神だったのではないかと推察する。
そして当社は謎の「唐松山天日宮」をもつ。
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天日宮のご祭神は、初代日ノ本の王というべき「饒速日命(ニギハヤヒノミコト)」。物部氏祖神である饒速日命は、鳥見山(鳥海山)の「潮の処」に天降った。その後、逆合川の地・日殿山(唐松岳)に「日の宮」を造営し、大神祖神・天御祖神・地御祖神を祀ったという。
3月に、同じく饒速日命の天降りし「磐船神社」を参拝したばかり。これは、嬉しい。
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本殿は、池の中に作られた「ストーンサークル」の上に建つ。
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なんとも不思議な光景。
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しばし呆然と社殿を眺める。
隣の池にも玉鉾神の石碑が建っていた。
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唐松神社の秋田物部家の家系図では、膽咋連(いくいのむらじ)を鼻祖とする。そして四代を省略して物部尾輿が記されている。尾輿の後継者は物部守屋だが、蘇我氏との戦いで有名な守屋の名はなぜか表に出た形で記載されず、守屋の子、つまり尾輿には孫の那加世(なかよ)が秋田物部家の祖・初代として扱われている。蘇我氏に敗れた物部氏の東北へのがれ、こうした饒速日命の伝説が生きずいていると考えると実に興味深い。やはり神社探訪はやめられない。

古四王神社

今日の宿泊地は、秋田市内のホテル。ホテルへ向かう前に、旧国弊小社「古四王神社」を参拝。こちらは、秋田市内に鎮座しています。

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ご祭神は、武甕槌神と大彦命。社伝によると、四道将軍の一人・大彦命が、蝦夷平定の際、北門鎮護のため武甕槌神を祀り、「鰐田浦(あぎたのうら)の神」として祀ったのがはじめ。後に、阿部比羅夫が下向の時、大彦命を合祀し、越王(古四王)と称したといわれている。 P1030834

鳥居をくぐると参道右手には、征夷大将軍として蝦夷平定にやって来た坂上田村麻呂が古四王神社に戦勝祈願したことから、将軍を祀った田村神社があります。 P1030824
階段を登るといかにも古社らしい拝殿が。
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神紋は「輪宝」。もとは聖護院修験道の管轄だったからでしょうか。
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真理を示すものと同時に、破邪の剣の輪でもある「輪宝」。北方警護の武神を祀るには相応しい神紋かもしれません。
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本殿は、一間社唐破風向拝付入母屋造でしょうか。
これにて、1日目の観光及び参拝は終了です。

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