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2005年7月 9日 (土)

世に棲む日日

4522712000032 司馬遼太郎の本に「世に棲む日日」というのがある。
私も世の親父サラリーマンと同様に司馬遼太郎が昔から大好きだ。「坂の上の雲」をはじめ、数々の本を読んだ。その中で、世の中でまず支持されるのは「竜馬がいく」であろうか。しかし、笑われるだろうが「竜馬がいく」だけは何故か読んでいない。竜馬が嫌いなわけではないが、今まで書店で何度も手にしながら結局買い求めずにいるのである。その理由は以下のとおりである。私が一番好きなのは、この「世に棲む日日」。たぶん、それ程知られていないかもしれないし、文学的評価はわからない。しかし、この本は、維新の主導的思想の原点に立った吉田松蔭と高杉晋作を描いているからである。
そうです私は、生粋の長州人なのです。

 吉田松蔭の辞世の句は「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」である。  彼の遺言書である「留魂録」の冒頭に書かれていたのが上記の句です。この「留魂録」を受け取った飯田正伯が高杉晋作に宛てた手紙の中にこう書かれていました。
 別紙留魂録を元書のまま差し送り候 間御一覧さるべく候。一言一句涙の種になりし候。
・・・と なるほどここから時代が動いた。

 この本は、完成された思想家としての吉田松蔭ではなく、模索と蹉跌を重ね、打開を求めて行動し、焦心の中で問答する若者として、また詩人の激情を抑え切れぬまま、精神の純白を最後まで貫徹して、時代の前で自ら死を引き受けた青年として捉えています。松蔭の思想というものは、その死なくして語ることはできないでしょう。まさに注目すべきは、「死生観」であり、政治をする者が死と向き合う態度そのものです。時代と対決して生を剥奪される不条理との対峙であり、死と引き換えに思想の生を得るあり方なのだと思います。人を落涙させ、感動させ、人の心に残り、人を動かすとはどういうことなのだろうか。
それを考えさせてくれたのがこの一冊です。

 松蔭がいなければ、明治維新は無かったでしょう。革命党派である松下村塾党の結束はなく、同志の屍を踏み越えて、革命の劫火の中に一身を突撃させる長州の怒涛のエネルギーは無かったのです。確かに長州藩閥が、それをシンボルとして神聖化して、やや誇張して政治利用している部分はあります。しかし、魂を留めて死んだ松蔭の事実は、自分の魂も同じように同志の心に留まることを若い長州志士たちに確信させたのが大きいのです。決死の覚悟が無ければ革命はできないと教えたのです。だからこそ松蔭先生は偉大なのだと思っています。まあ私が長州人だからなのですが・・・

この本はただし、私が一番好きな高杉晋作においては、今ひとつ希薄です。でも、それを知ったのは、高杉晋作をこの本でもっと知りたいと思った後からですからしょうがないですね。
・・・・・

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