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2007年3月15日 (木)

留魂録 その5

三、

吾が性激烈駑罵に短し、務めて時勢に従ひ、人情に適するを主とす。是を以て吏に対して幕府違勅の已むを得ざるを陳じ、然る後当今的当の処置に及ぶ。其の説常に講究する所にして、具(ツブサ)に対策に載するが如し。是を以て幕吏と雖も甚だ駑罵すること能はず、直に曰く、「汝陳白する所悉く的当とも思はれず、且つ卑賤の身にして国家の大事を議すること不届なり。」余亦深く抗せず、「是を以て罪を獲るは万万辞せる所なり」と云ひて已みぬ。

私は性格が激しく、罵られると忽ちのうちに怒りを発するのを自覚していたので、日頃より務めて時流に従って、人々の感情に適応するように心がけてきた。幕吏に対してもそのように臨み、幕府が朝廷の意思に背いているのも、それなりの已む得ぬ事情があったとだと認めた上で、これからとるべき適当な処置は何であるかを論じたのである。私の説こうとすることは、常日頃より講究していることで、すでに、「対策一道」に書いたとおりである。そうした私の論に幕吏といえども、さすがに駑罵することができず、ただちに次のようなことを言った。「お前の陳述することが、すべて正しいとは思われない。かつ卑しい身分の分際で国家の大事を語るなど不届き千万である。」私は、それでも強く抗弁もせず、「私の意見を述べることが罪となるのであれば、あえてそれを避けようなどとは思わない」とだけはっきりと言っておいた。

**********

松蔭先生は、尊大な態度をとる幕吏たちに対しても相当の怒りと不快感を抱きながらも、その気持ちを抑えて謹厳実直にそして温和に対応していたことが伺える。それは、ここに至って自らの意見を正々堂々と述べたいという気持ちの現われではなかったろうか。「対策一道」は安政5年5月12日に毛利慶親公(藩主)に上書されている。幕府とハリスとの条約を朝廷が拒否を示し幕府と朝廷に亀裂が生じた時期である。この時期の松陰先生の論は、単純な攘夷論ではない。「墨夷(アメリカ)は絶たざるべからず」と断言しており、一見攘夷論に見えるが、3年間国富に勤め、しかる後に通商条約を結ぶべきであると説いている。以下 その論文である。

「凡そ皇国の士民たる者、公武に拘らず、貴賤を問はず、推薦抜擢して軍帥(一軍の大将)舶司(大鑑の司令官)と為し、大艦を打造して船軍を習練し、東北にしては蝦夷(北海道)・唐太、西南にしては琉球・対馬、憧々(往来の絶えない様子)往来して虚日あることなく、通漕捕鯨(海上運送と鯨をとること)以て操舟を習ひ海勢を暁り、然る後往いて朝鮮・満州・及び清国を問ひ、然る後広東・咬留(ジャカルタ)・喜望峰・豪斯多辣理(オーストラリア)、皆館を設け将士(将校と兵士)を置き、以て四方の事を探聴し、且つ互市(貿易)の利を征る。此の事三年を過ぎずして略ぼ弁ぜん。然る後往いて加里蒲爾尼亜を問ひ、以て前年の使いに報い、以て和親の約を締ぶ。果して能く是くの如くならば、国威奮興(国家の威力を奮い起こす)、材俊振起(優秀な人材を奮い立たせる)決して国体を失ふに至らず、又空言以て驕虜を懲するの不可なるに至らざるなり。然れども前の論は以て墨夷を却くべし、…」

幕吏は、松陰先生の意見を正すことが出来ないと見るや、卑賤の身で国家を語るのは不届きとなじる。そこでも先生は、じっと耐えているのである。  つづく

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こんにちは。面白い記事でした。大変興味深く読ませて頂きました。つづきを楽しみにしています。

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