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2007年8月

2007年8月22日 (水)

実家へ

20日~22日と3日間、休みをもらって実家の下関へ。親父の13回忌の法要のため。千葉からはかみさんと弘季。宇部から妹の家族。宮崎から高速で390Km、約4時間の道のりであった。関門海峡手前でパーキングへ。門司側より関門海峡と関門大橋を撮影。

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6年ぶりの雄大な眺め。橋の右側「火の山」には高杉晋作の銅像があります。

翌日、法要を済ませて、墓参りへ。お墓は下関から日本海側を約1時間北へ行った阿川という場所にあります。40年間全く変わらない村です。小さい頃は、よく素もぐりをやって遊んだところです。ここは嘉永2年7月10日、かの松蔭先生も立ち寄って一泊した場所でもあります。帰りには、キムタク「HIRO特別編」に登場した「角島大橋」へ。海の向かって走る橋は眺めが最高です。

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島の先端には灯台もあります。夕食は、有名な川棚温泉の「たかせ」にてみんなで{瓦そば}と{うなめし}を堪能。2泊と短い滞在しかできなかったが、母親も71歳とは見えないくらい元気で安心した。やはりクラシックダンスを続けているのが健康にいいのだろうか。宮崎から意外と近かったのでまた戻ろう!!

2007年8月19日 (日)

太陽のタマゴ

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3週ぶりに自宅へ戻る。

お土産は、「宮崎マンゴー;太陽のタマゴ 2ヶ」。 今や高級ブランド。今期はこの時期が最後なのと、わが支店の女性社員の実家がマンゴー農園ということで2ケ8000万円で購入。最盛期は、なんと2万~2万5000円もする。

「太陽のタマゴ」とは、

①自然に落果するまで樹上で完熟させた、特に食味・外観の優れたもの
②経済連が定める県統一基準を満たすもの
  重量350g以上の階級2Lサイズ以上で
  品位が青秀以上、糖度15度以上の完熟マンゴー のこと

こうして宮崎ブランド 【太陽のタマゴ】として出荷されます。

それ以下のものは「完熟マンゴー」と名乗ってたりします。ラベルを良く見よう。種の近くまでクセがなく本当に甘いです!桃っぽくもあり高いと思うから余計に美味しい。最近はどこの空港も宮崎名産コーナーがあったりして、コクバル知事効果は絶大。

宮崎の名産は他に地鶏が有名になりましたが、宮崎牛も美味しいです。一部は宮崎で飼育され、松坂や神戸に牛が運ばれ「松坂牛」「神戸牛」になるとのこと。(松坂で飼育された日が31日以上で「松坂牛」と呼ばれる)。宮崎牛もランク(等級)があり、以下は「宮崎和牛」と名乗ります。こちらも覚えておくといいかも。「宮崎牛」も柔らかで絶品です。でも最近は若い頃のように肉は量をこなせなくなってます。歳です。脂を体が拒否するんでしょうね。残念。

2007年8月14日 (火)

楠木正成

Kusumasa1_3 Kusumasa2_2北方謙三 「楠木正成」上・下 先週読みおえた。南北朝きっての英雄 楠木正成を如何に北方氏が描くか興味があった。夢に賭け夢に滅ぶ悪党としての姿。そこには七生報国も大楠公としての有様も存在はしない。ただ燃え尽きた男の姿だけがある。英雄然とした姿でなく、その一個の人間としての描き方に共感を覚えた。北方「正成」には、桜井の別れも湊川の合戦もいらない。だから書かずに終る。私はそれでいいと思う。また武士の棟梁としての足利尊氏との生き方の比較もおもしろかった。そして相変わらず「男」は恰好いいです。たぶん北方氏が一番惚れているであろう「大塔宮」や「赤松円心」「楠正季」など自分を貫く姿がそこにある。ぜひご一読を。

2007年8月13日 (月)

モーツァルト 作品 振り返り

今日で30弾まできた「モーツァルトを語る」です。Mp3で紹介した曲をまとめてみました。

何度もアマデウス  

   「フルートとハープシコードのための協奏曲 ハ長調K299」より 

   第二楽章

独りで悲しみに浸りたい時は

   「ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488」より 第2楽章

モーツァルトを語る

 1)「ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453」 全曲

 2)「弦楽五重奏曲 第4番 ト短調 K.516」より 第1楽章

 3)「弦楽四重奏曲 第14番 ト長調 K.387 春」より 第4楽章

 4)「ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466」より 第2楽章

 5)「大ミサ曲 ハ短調 K.427」より キリエ

 6)「弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465 不協和音」より 

   第1楽章

 7)「ヴァイオリンとヴィオラの為の協奏交響曲 変ホ短調 K.364」より 

   第2楽章

 8)「ヴァイオリンソナタ 第28番 変ホ短調 K.304」より 第2楽章

 9)「弦楽四重奏曲 第1番 ト長調 K.80  ローディー」全曲

10)「ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216」より 第2楽章

11)「オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K.370」全曲

12)「ヴァイオリンとヴィオラの為の二重奏曲 変ロ長調 K.424 」より

   第2楽章

13)「教会ソナタ 第1番 変ホ短調 K.67」

   「教会ソナタ 第17番 ハ長調 K.336」

14)「ディヴェルトメント 変ホ長調 K.563」より 第1楽章

15)「ディヴェルティメント 第2番 ニ長調 K.131」より 第2,5楽章

16)「ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219」より 第2楽章

17)「クラーヴィアとヴァイオリンの為のソナタ K.13」

18)「ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450」全曲

19)「ヴァイオリンの為の中間楽章アダージョ ホ長調 K.261」

20)「ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド ハ長調 K.373」

21)「3つのクラーヴィア協奏曲 K.107」の1

22)「弦楽四重奏曲 第6番 変ロ長調 K.159」全曲

23)「ヴァイオリンソナタ 第36番 K.380」より 第2楽章

24)「ディヴェルトメント 第14番 変ロ長調 K.270」全曲

25)「ファゴットとチェロの為のソナタ 変ロ長調 K.292」より 第2楽章

26)「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」全曲

27)「ヴァイオリンソナタ 第37番 イ長調 K.402」より 第2楽章

28)「ディヴェルトメント 第7番 ニ長調 K.205」全曲

29)「セレナーデ 第9番 ニ長調 K.320」より 第1,5楽章

30)「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」全曲

以上 右のカテゴリー 「Mozart」 よりお入りください。

2007年8月12日 (日)

慈愛~モーツァルトを語る 第30弾

Cl400記念すべき第30弾は、「クラリネット協奏曲 イ長調 K622」です。第26弾で五重奏を先に紹介しましたが、こちらも最上の名曲です。K622は、モーツァルトが最後に完成させた作品です。この曲は言わずと知れた{アマデウス 旋律の王様 イ長調}。この曲を聴くとモーツァルトにとってト短調が宿命の調性なら、イ長調は天与の調性であると感じます。私にとってK622はこう聞こえてなりません。第一楽章は、モーツァルトが今まで生きてきた人生を振り返って音にしたもので、第ニ楽章は、神はすべてを、そしてもうすぐ召される自分をもこのように暖かく包み込んでくれるだろうと感じた音、第三楽章は、天上での自分の姿を想像した音であると。自分が最も愛したクラリネットでそれは演奏される。もう言葉は要りません。それでは聴いてください。

アントニオ・ペイ:AAM Hogwood の演奏です。

k.622 - 1. Allegro(クリック)

k.622 - 2 .Adagio(クリック)

k.622 - 3. Rondo(クリック)

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炊飯器

Nsnd_2  昨日、衝動的に炊飯器を購入した。「やかん」しかない我が単身赴任生活 の画期的出来事だ。昨晩は、米を炊いて、カレー といってレトルトとだが。朝は、「はい、ごはんですよ」と「ハム」で一膳半。ちょっと料理もやってみようかなという気になっている今日この頃である。性格からいって、やれないわけはないのだが、何故か全く興味がなかったわけだ。「男子厨房に入らず」 長州男児気質かもしれない。長州といえば、安倍総理が無様だ。長州人として、いかがなものかと思う。まして「晋三」の晋は、高杉晋作からとった名ではなかったか!晋作がどう生きたか考えてほしいものだ。

2007年8月11日 (土)

青島ゴルフ倶楽部

今日は、支店の連中と女子プロトーナメント第2戦が行われる「アコーディア青島ゴルフ倶楽部」にてプレイ。青島の高台から見る太平洋は最高。リゾート気分を十分に味わえる。コースも美しく池も効いていて中々戦略的だ。今日は、組数も少なく後半は、前も後ろも誰もいなくて全くストレスなく回れた。

スコアは、46:44=90 最後の6mのバーディーパットは惜しくも外れて80台ならず。真夏日が続く中、宮崎には珍しく気温も29度、時折 天気雨がぱらつき逆に爽快。非常に快適なゴルフであった。単身赴任の休みの時間をつぶすのは、やっぱりゴルフが最高です。

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2007年8月 8日 (水)

日南へ

今日は、外回りで日南へ出かけた。天気がいいのでデジカメも持参。うだるように暑いのだが、日南の風は気持ちいい。美しい海をいくつか撮影。帰り道には鵜戸神宮にも。岸壁に面した観光スポットでもあります。

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2007年8月 5日 (日)

超セレナーデ ~ モーツァルトを語る第29弾

Posthorn_3 モーツァルトのセレナーデは編成も形式も様々である。13本の管楽器によるアンサンブル7楽章もの(K361)ソナタ形式の4楽章もの(K525)などである。そんなセレナーデ群からの初登場は何の迷いもなくセレナーデ 第9番 ニ長調 K320 「ポストホルン」である。ポストホルンとは小さなホルンで、単に管をくるくると巻いただけのものもあれば、ロータリー・ヴァルヴがついたものもあります。その名の通り郵便配達人が使用していました。15世紀にフランス、ヴェネツィアなどで郵便制度が始まり、郵便配達は、その到着と出発を知らせるのに小型の曲型もしくは環状のホルンを使っていました。17世紀頃には、ニュルンベルクのトランペット制作者の徒弟はその楽器を作ることをまず最初に許されたといいます。はじめポスト・ホルンは管の長さが短かく、1重程度しか巻かれていなかったために第1倍音と第2倍音を用いたオクターヴの動きしかありませんでした。しかし、管の長さが長くなり第6倍音程度まで出せるようになって、様々な音型が生まれました。 これが第6楽章の第2トリオに使用されているためこの愛称がついています。このセレナーデは、全7楽章で交響曲(1・2・5・7)と協奏曲(3・4・6)を一緒に聴ける壮大なものである。まず、第1楽章から驚かされる。壮麗なアダージョをもち、それに続くアレグロはロッシーニを髣髴させる音楽だ。第3・4楽章のフルートとオーボエの掛け合い(対話)もすばらしい。そして第5楽章のニ短調のアンダンティーノ。「出た~」 何故この場に短調が!?でもこれが実にいい。そして壮大なフィナーレ。盛りだくさんの音楽を一度に楽しみたいならこの曲だと思っている。それでは、第1・5楽章をお聴きください。

k.320 'Posthorn' - I. Adagio - Allegro (クリック)

k.320 'Posthorn' - V. Andantino (クリック)

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2007年8月 4日 (土)

宮崎で初

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こちら(宮崎)にきて初めてゴルフ練習場へ行った。入場料なし。300球 1,200円 やす~い!!! 1球4円だ。関東の3分の1、4分の1だ。夜は、大淀川の花火大会。部屋のバルコニーからもよく見える。うーん、静岡・安倍川の花火大会の方が上かな。

留魂録 その10

七、

吾れ此の回初め素より生を謀らず、又死を必せず。唯だ誠の通塞を以て天命の自然に委したるなり。七月九日に至りては略ぼ一死を期す。故に其の詩に云ふ、「継盛唯当甘市戮。倉公寧復望生還」と。其の後九月五日、吟味の寛容なるに欺かれ、又必生を期す、亦頗る慶幸の心あり。此の心吾れ此の身えお惜しむ為めに発するに非ず。抑々故あり。去臘大晦、朝議巳に幕府に貸す。今春三月五日、吾が公の駕巳に萩府を発す。吾が策是に於て尽き果てたれば、死を求むること極めて急なり。六月の末江戸に来るに及んで、夷人の情態を見聞し、七月九日獄に来り、天下の形勢を考察し、神国の事猶ほなすべきものあるを悟り、初めて生を幸とするの念勃々たり。吾れ若し死せずんば勃々たるもの決して汨没せざるなり。然れども十六日の口書、三奉行の権詐、吾れを死地に措かんとするを知りてより更に生を幸ふの心なし。是れ亦平生学問の得力然るなり。

私はこの度のことに臨んで、最初から生きる為の策をめぐらさず、また必ずしも死ぬものと思っていなかった。ただ私の誠が通じるか通じないか、それを天命に委ねるつもりだったのである。その後、7月9日になって、ほぼ死を覚悟するに至ったので、次のような詩をつくった。「継盛唯だまさに市戮を甘んずべし。倉公いずくんぞ復た生還を望まんや」と。その後、9月5日、10月5日になって吟味が寛大に見えたことに欺かれ、生きる期待を抱き、大いに喜んだ。これは私がこの身を惜しんだからではない。それには次のような理由があるからだ。昨年の暮、大晦の朝廷の決定は幕府の措置を認めて攘夷を猶予し、公武合体の上で攘夷をしようということだった。今春、3月5日、我が藩侯もそれに従って萩を出発した。私が唱えてきたこともこれで万策尽きたので、死を求める気持ちが強く沸き起こっていた。しかるに、6月の末、江戸に来て外国人の状態を見聞し、7月9日に下獄してからも天下の形勢を考察するうちに、日本国に未来のためになお私がしなければならないことがあると思い、ここで初めて生きることを激しく願うようになったのだ。私がもし死ななかったら、この心に沸き立つ気概はけっして沈みはしないだろう。だが、16日に見せられた供述書によって、三奉行が権力的詐術によって私を殺そうとしていることを知ってからは、生を願う気持ちはなくなった。これも私の平生の学問によって得た力によるものだろう。

漢詩の「継盛」とは明の楊継盛。貧しい生活のなか天文・地理・兵学などの学問に励み、音楽にも長じた。世宗の治世、兵部員外郎の時にアルタン汗の侵入にさいし、大将軍・仇鸞の弱腰を痛撃して罪を得た。のち刑部員外郎・兵部武選司に復活したがふたたび大学士・厳嵩の専権として十罪五奸を暴き、棄死(死罪にされ晒し者)にされる。天下の人はみな涕泣したという。子に10年経ったら開けて読むようにと2首の詩を授けた。「浩気還太虚、丹心照千古、生前未了時、事留與後人。」「天王自聖明、制度高千古、生平未報恩、留作忠魂補」とある。死後7年目にして、穆宗は直諫の功をもって太常少卿を追贈した。後の人はその品行を重んじて、『楊忠愍集』3巻を編した。

倉公とは、前漢の医者。淳干意のことである。前漢の文帝13年(前167)に、ある人が上書して、淳干意には肉刑に当たる罪があると訴えた。肉刑とは、いれずみ・鼻切り・足切り・去勢などの体を傷つける刑罰である。そのために淳干意は、駅伝で西の長安(陝西省西安市)に送られることになった。五人の娘は、父親にすがって悲しんだ。淳干意は嘆いて言った。「子供はいても、男子に恵まれず、差し迫ったときに役に立つ者がいない」すると、末娘のテイエイがこの言葉を痛ましく思い、父に従って西へ同行し、次のように上書した。
「わたくしの父が、斉の役人でありましたとき、国じゅうの人が清廉潔白を称えました。けれども、いま父は法に触れ刑に処せられようとしています。死者は生き返ることができず、肉刑に処せられた者は二度ともとの体に戻れません。みずから過ちを改め、新しく出直そうと思いましても、その道さえ閉ざされてしまいます。願わくは、わたくしが朝廷の召使 として身を捧げ、父の罪をあがないたいと思います。どうか父が行ないを改め、新生の道を歩めるようにしてくださいませ」
嘆願書が上聞に達すると、文帝劉恒はその心意を哀れに思って淳干意を許した。この年、肉刑の法をも廃止した。 テイエイの孝心は、後人にも感銘を与え、長く語り継がれた。現代になって劇化され、映画にもなった。 淳干意は釈放され、家にこもっていると、文帝劉恒から詔があった。

さてこの七章は、松蔭先生が三転して死をを決するにいたる経過を率直に述べている場面である。松蔭先生は、七月中旬、高杉晋作の「男子の死すべきところは」との問いに返信の手紙を書いている。

君は問う。男子の死ぬべき所はどこかと。
小生も昨年の冬投獄されて以来、そのことを考え続けて来たが、

今ついに、死の一字について発見するところがあった。

死は好むものでもはなく、また、憎むべきものでもでもない。
世の中には、生きながら心の死んでいる者がいるかと思えば、
その身は滅んでも魂の存する者もいる。
死して不朽の見込みあらば、いつ死んでもよいし、
生きて大業をなす見込みあらば、いつまでも生きたらよいのである。
つまり小生の見るところでは、人間というものは、
生死を度外視して、何かを成し遂げる心構えこそ大切なのだ。

この死生観こそが高杉晋作の、その後の生き様を決定付けたといってよいだろう。

留魂録は、いよいよ有名な第八章へと進んでゆく。

2007年8月 2日 (木)

外は台風 中はDivertimento ~モーツァルトを語る第28弾

第28弾は、「ディヴェルトメント 第07番 ニ長調 K.205」です。今、宮崎は台風5号で、外は吹き返しで大荒れです。久しぶりに早く家に戻ったので今夜はMozart三昧。とりあえず「Divertimento」。この曲は、ヴァイオリン、ヴィオラ、ホルン二つとバスという編成です。第一楽章は短いラルゴから。ハイドンチックですが、実に美しい旋律です。それに続くは軽快・勇壮なアレグロ。続く可愛らしいメヌエットです。 第三楽章のアダージョがまた泣かせます。そんな時はホルンとバスーンはお休み。美しい旋律を弦鳴楽器だけで奏でられます。この章だけ「旋律の王様」イ長調です。次の第四楽章メヌエットは後半の3連符がうならせます。 トリオではホルンと弦鳴楽器が掛け合いをします。フィナーレ第五楽章はプレストで終わりです。単身赴任の夜を慰める一曲です。それでは聴いてください。

K.205 (クリック)

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