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2007年10月27日 (土)

留魂録 その11

今日死を決するの安心は四時の順環に於て得る所あり。蓋し彼の禾稼を見るに春種し、夏苗し、秋苅り、冬蔵す。秋冬に至れば人皆其の歳功の成る悦び、酒を造り醴を為り、村野歓声あり。未だ曾て西成に臨んで歳功の終るを哀しむものを聞かず。吾れ行年三十、一事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず実らざるに似たれば惜しむべきに似たり。然とも義卿の身を以て云へは是亦秀実の時なり何そ必しも哀まん。何となれは人事は定りなし禾稼の必す四時を経る如きに非す。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。三十は自ら三十の四時あり。五十百は自ら五十百の四時あり。十歳を以て短とするは蟪蛄をして霊椿たらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪蛄たらしめんと欲するなり。斉しく命に達せすとす義卿三十四時已備亦秀亦実其秕たると。其粟たると吾か知る所に非す。若し同志の士其微衷を憐み継紹の人あらは乃ち後来の種子未た絶えす自ら禾稼の有年に恥さるなり同志其是を考思せよ。

今日、私が死を目前にして平安な心境でいるのは春夏秋冬の四季の循環ということを考えたからである。つまり、農事を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。秋・冬になると農民たちは、その年の労働による収穫を喜び、酒を造り、甘酒を造って、村々には歓声があふれるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終ったことを悲しむ者がいるということを聞いたことがない。私は、三十歳で人生を終ろうとしている。未だ一つも成し遂げることがなく、このまま死ぬのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから惜しむべきかもしれない。だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えた時なのである。哀しむべきでないかもしれない。なぜなら、人の寿命には定めがない。農事が必ず四季をめぐって営まれるようなものではない。しかしながら、人間にもそれにふさわしい春夏秋冬があるといえるだろう。十歳にして死ぬ者には、その十歳の中におのずから四季がある。二十歳にはおのずから二十歳の四季が、三十歳にはおのずから三十歳の四季が、五十、百歳にもおのずからの四季がある。十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするようなことで、いずれも天寿に達することにはならない。私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが、単なる籾殻なのか、成熟した粟の実であるのかは私の知るところではない。もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという者がいるなら、それは蒔かれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになろう。同志よ、このことをよく考えてほしい。

この章が「留魂録」の白眉をなす箇所であろう。儒教者である松蔭先生は、死への恐怖を思いながらも、神にも仏にもすがることがなかった。ひたすら、知力と意志力で死を克服しようとする姿がこの章に現れている。死を決した中で、四季の循環に悟りを開く。己のつけた実は、きっと同志が受け継いでくれると信じて、己の死を静かに受け入れる姿が現れている。まさに松蔭先生の文章は一字一字が涙であり、一言一言が血である。こうして「留魂録」は松蔭先生を師と仰ぐ幕末の志士達に{バイブル}として作用し、“明治維新”という自分達の手で勝ち取った新時代を構築し、新しい日本を主導したのである。

さて、本日は松蔭先生の命日であることを一言書き添えておく。

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