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2008年7月18日 (金)

地の日天の海

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内田康夫「地の日 天の海」を読む。日経の夕刊に連載されていたものだ。後に徳川家康に仕える僧侶・随風(後の天海)の目を通じてみた「信長・秀吉・光秀」の在りようを描く。<構想20年 推理小説の名匠が初めて挑む畢生の歴史小説>という宣伝文句につられた。この時代の一番の謎は、本能寺の変だ。それを如何なる形で描くかが問題だ。うーん。期待したほどのものは何もなかった。しかし天海を担ぎ出し、物語をすすめた点は、今までになく喝采だ。文体も読みやすく、あっという間に読めた。秀吉は百姓出ではなく、商人であったという着眼で、何故天下が獲れたかを解き明かす所はおもしろかった。

時は戦国。会津・芦名家の重臣・船木一族の嫡男として生まれた兵太郎は頭脳明晰で将来を嘱望されていたが、自らの出生の秘密と争い事に嫌気がさして元服前に出家を宣言し、随風(ずいふう)と名を改めた。随風はたちまち頭角を現し、17歳で天台の総本山・比叡山延暦寺へと向かう。彼こそが後に徳川三代に重用され、100歳を超える天寿を全うした若き日の天海そのひとである。その頃、針売りの吉(後の秀吉)は、武士になるべく諸国を放浪していた。畿内、美濃、駿河。非定住商人でしかない自分がどの国で身をたてるか。若きの日の秀吉は、商人の観点で世の動きと天下の情勢を観察していた。伝説では秀吉と同年同日に生まれたという黒衣の宰相天海。信長や光秀の盛衰、秀吉の天下取りなど、戦国の動乱をすべて見聞した若き日の天海(随風)を中心に、秀吉と光秀の異常な出世から、織田家臣団の抱える構造的問題、そして本能寺の変と中国大返しにいたるまでを描く。

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