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2008年8月

2008年8月31日 (日)

落日の王子 蘇我入鹿

Photo Photo_2 黒岩重吾著「落日の王子 蘇我入鹿」を読む。

山背大兄皇子(聖徳太子の子)以下の上宮王家一族を滅ぼしたのち、大化の改新と知られる「乙巳(きのとみ)のクーデター」を舞台とした歴史小説だ。教科書で、日本史史上でも一級の悪者として描かれている蘇我入鹿の知識人としての姿、男としての姿を女帝皇極天皇との恋愛も含めて描いているのが、おもしろかった。また、皇極天皇と入鹿は情を通じており、子をなしたという説に基づく小説であった。入鹿は実はそんな名前ではない。鞍作大郎というのが本当らしい。青少年期は僧・旻に学問堂で学んだ秀才だったと言われている。

さて物語は、政治的支配者たる皇帝と祭祀の支配者たる大王の権威を併せもつ座に登ろうとする入鹿。その危険を察し、影で大王家自らの絶対的中央集権を築き上げようとする鎌足。その裏には、蘇我本宗家を斃して政界に乗り出そうとする野望も見え隠れする。そして短気で思慮、分別に欠ける入鹿は、鎌足が張り巡らした罠にかかり誅殺される。入鹿は時代を見てはいたけれど、人を見ていなかった。 是非ご一読を!

しかし この時代の謎は多い。乙巳(きのとみ)のクーデターとは、本当はどうだったのか未だに真実はわからない。

2008年8月24日 (日)

ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝

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今日は、「ハムナプトラ3」を観に出かけた。前作より7年ぶりの第3弾。舞台をエジプトから中国へと移しての冒険ファンタジー映画。主人公リックの妻エブリンがレイチェル・ワイズでないのが残念だったが、謎のヒロイン役のイザベラ・リョウの華麗さが際立っていてよかった。     Photo_3 

2008年8月23日 (土)

モーツァルト 紹介MP3

ここまで紹介している楽曲を、再びまとめてみました。

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以上 聴きたいケッヘル番号をクリックしてください。

すべての記事をご覧いただくには、右のカテゴリー 「Mozart」 よりお入りください。

2008年8月22日 (金)

闇の左大臣 石上朝臣麻呂

Photo蘇我臣馬子との戦いに敗れた物部本宗家は、朝廷から絶縁され滅びたが、中立の立場を守った石上物部の血筋をひく物部連麻呂(後の石上朝臣麻呂)は許され、冠位は最下級の刑官に属する囚獄吏の長となる。天智天皇、天武天皇の時代を通じ、物部連麻呂は最下級役人だったのだ。その上、壬申の乱では大友皇子の警護隊長であり、乱後の出世は望むべくもなかった。しかし天武の没後、石上の氏族名に変わり、持統天皇、元明天皇の時代には徐々に位は上がり、和銅元年(西暦七〇八年)には、臣下の最高位である正二位左大臣にまで上りつめる。なぜ麻呂はそこまで出世できたのか??

闇の部分に迫る黒岩重吾の遺作である。この時代にしては、超人的な生命力で78歳まで生きた物部麻呂を79歳で亡くなる直前に黒岩氏が筆をとっていたことがおもしろい。また「情報」能力を活かしきる麻呂の政治家としての新骨頂ぶりや、一方で奴・碑をも思いやる優しさなどを織り交ぜての物語は、現代でも十分に通用する生き方でもあると感じた。

是非ご一読を!

2008年8月19日 (火)

滑稽な北京の風景

欧米人に負けず劣らず中国人も日本製品が好きだ。オリンピックでは、左手にSEIKOの時計をして右手にキャノンやソニーのデジカメやビデオカメラを持ち、家ではパナソニックのテレビを見ながら、TOTOのトイレを自慢し、日本にブーイングしている。それが北京の滑稽な風景。

2008年8月17日 (日)

都農神社

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日向国一ノ宮たる「都農神社」へ。大きな杉林の参道は、荘厳で圧巻。拝殿は、建て替えられたのだろうかなり新しかった。

都農神社は都萬・霧島・江田と並ぶ、日向式内四座の一社だ。都農神社由緒によれば神武天皇御東遷の際に、宮崎の宮を御進発になり、途中、都農において祭壇を設け、国土平安海上平穏武運長久神助を祈念したという。この鎮祭されたのを創祀と伝えている。しかし、ご祭神は、かの大巳貴命(おおなむちのみこと・大国主命)。そして摂社には、素盞嗚社(素盞嗚命) を祭る。上記のような由緒があり、しかも日向天孫族の中心地でありながら、何故に出雲系の大神が祭られているのか、前々から疑問だ。当然ながら、由緒にもこのことは何も触れられていない????

立磐神社と日本海軍発祥の地

宮崎に美々津という地がある。神武東征の時に、カムイワレヒコ(神武天皇)ら天孫族らが、この港(美々津の渡し)から大和へ向けて旅立ったとされる場所だ。

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そこに「立磐神社」はある。神武天皇と住吉三神を祀っている神社です。

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古くて小さな社であった。すぐそばに耳川が流れている。美々津の町並みは、昔の廻船問屋などが連なる趣のある場所であった。そしてこの神社の側には、日本海軍発祥の地の石碑が見事に立っていた。

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天気が悪く、文字が見えにくいが「日本海軍発祥之地」と彫られている。

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日本海軍は、天皇が統治された海軍である。このことから国が、神武天皇親率の水軍が初めて編成され、進発した美々津の地を「日本海軍発祥之地」と定め、紀元二千六百年記念事業の一環として建立された。碑文の文字は、時の内閣総理大臣海軍大将米井光政の揮毫により、碑面に刻記されたものらしい。この碑は、大東亜戦争の終戦直後進駐米軍によって碑文が破壊されたが、昭和44年、地元有志の強い要望により、防衛庁(海上自衛隊)などの協力を得て、現在の通り復元されたとのこと。宮崎に着たからには、とにかくここに来たかった。

大御神社

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日向の海岸沿いにある「大御神社」を訪ねる。007

皇祖天照大御神を御祭神とする古社で、創建の年月は詳らかではないが、当社に伝わる「神明記」その他の古文書によれば、往古・皇大御神・日向の国高千穂に皇孫瓊々杵尊を天降し給うた節、尊は当地を御通過遊ばされ、千畳敷の磐石にて、これより絶景の大海原を眺望され、皇祖天照大御神を奉祀して平安を祈念されてと伝えられ、後世、此の御殿の霊石の在りし所に一宇を建て、皇大御神を勧請し村中の鎮守と崇敬し奉ると言う。

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上の写真がその「神座」だ。この地は、あの君が代に謳われる<さざれ石>が見られる。

【さざれ石】 ( 細石 )
 集まった小さな石の隙間が炭酸カルシュウムや水酸化鉄等で埋められ、小石がコンクリート状に凝結して固化したものを総称してさざれ石と呼んでいます。

そいうえば、北京オリンピック、中国の地で金メダルの度に、何度も「君が代」が演奏されるのが、小気味いい。

東廻り

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宮崎へ戻る。関門大橋を渡るものの、高速代を節約するためと、「大御神社」「立磐神社」「都農神社」へ寄りたいとの理由で、大分側から帰ることにした。しかしやはり一般道はつらい。途中、宇佐から佐伯まで高速が少しあるものの、途中立ち寄りの時間を除いても6時間20分。距離は34Okmと熊本廻り高速よりも50km短いのに。

やはり宮崎経済のためにも、東九州自動車道は必要だ。

2008年8月16日 (土)

夏休み

一日休みをもらって、下関の実家へ車で帰郷。高速 熊本廻りで390km 4時間の行程だ。午後からは、母と親父の墓参りへ。さらに往復100km。親父の墓は、下関から山陰側を北上し1時間ちょいの阿川というころにある。帰りには、萩から駆けつけた妹家族と一緒に川棚温泉にある名物「高瀬」の瓦そば、うなめしを食す。いつ食べてもうまい!!

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2008年8月10日 (日)

早朝スルーゴルフ

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今日は、日差しと熱さを避けるために、早朝スルーゴルフを選択。4時起きにて朝シャンと目玉焼きのみの朝食を済ませて4時50分出発。場所は、アーコーディア青島GC。5時37分スタート。ところが今日は、朝から雨と曇りで暑くない。むしろ遅いスタートの方がよかったかも。自宅出発時点では、まだ夜が明けてない。黒い雲が低くたちこめており、本当に明るくなるのか心配されたが、徐々に太平洋から薄く日差しが出始める。大丈夫だ!!夜明けの来ない夜はない。

時より雨が降る中での久しぶりのセルフプレーという言い訳を言わせてもらって、スコアは、46:45=91。本当はPar3の3つのダボ、2回の池ポチャが響いただけ。う~ん青島での80台は今回も果たせず。

12 13

写真は、池ポチャしたNo12(par4:404Y)とNo13(Par3:172Y)

終了後(10時20分)は、風呂に入り、昼食には少し早いが、青島で有名な磯料理「網元」という食事処へ。青島の「こどものくに」へ向かう国道220号線の旧道沿いにある。地元でも美味しい魚を食べるならココ、と評判のお店だ。店内へ足を運ぶと、漁に使う道具などがあちこちに飾られ、なかでも大きな木造の舟が目を引きます。その舟の中に「生け簀」が備えられ、元気よく魚が泳ぎまわって圧巻。どでかい天丼が有名だが、海鮮ちらし丼(2100円)を注文。生ビールと一緒に戴く。評判どおり豪華に刺身が乗っており最高でした。

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2008年8月 9日 (土)

太陽の王ラムセス2-5

「太陽の王 ラムセス」残り4巻読破。

2_2第2巻・・ラムセスがついに即位。光の息子、太陽の化身、ラムセス王(2世)の誕生である。だが未だあきらめきれず執拗に王位を狙う兄シェナルに加え、リビアの魔術師オフィール、強国ヒッタイトの魔の手が次々にラムセスに忍びよる。一方、運命の悪戯に翻弄されていくモーゼ。唯一神ヤーウエに導かれヘブライ人としての生き方を模索する。有形無形の敵に打ち勝つため、ラムセスとネフェルタリは、不滅の大神殿「ラムセウム」を建を決定する。

3_2 第3巻・・強国ヒッタイト(現トルコを中心地とする)がついにエジプトに牙をむいた。ラムセスは、全力でエジプト軍の武力強化を急ぐ。だが、敵の諜者の暗躍、乱立する国内外の謀略に戦況は混迷していく。ラムセスとその腹心たちは、敵の巡らした幾重もの罠にどう立ち向かうのか?難攻不落のヒッタイト大要塞、カデシュの砦でラムセス生涯最大の死闘が幕をあける。今に残る世界最古の大国同士の戦い。ラムセスの神としての力が勝敗を決する。

4_3 第4巻・・失踪していたモーゼが突然ラムセスの前に現れる。神の啓示を受け、ヘブライ人をエジプトから解放するために戻ってきたのだ。かつての親友との確執に苦悩するラムセス。一方、闇の世界からの執拗な攻撃のために、徐々にその生命の火に翳りが見えてきた王妃ネフェルタリ。ラムセスは、ネフェルタリの愛と美を称えるため、アブ・シンベルの地に壮麗な神殿の建築を進めるのだが…。

5_2 第5巻・・ラムセスは、ヒッタイト国の皇女をエジプト王妃として迎え、両国間に真の和平を得ようとした。だが、水面下ではウルヒテシュプ率いるリビアの残党が、エジプトの平和を脅かす。最後の戦いに倒れ、ラムセスのもとを去る親しき友人たち…。そして、ラムセスの身体を生涯最後の敵、‘老い’が蝕み始めた。

『太陽の王ラムセス』堂々完結。

古代エジプト王朝きってのファラオだ。巨大なアブシンベル神殿を初め、カルナック神殿、ルクソール神殿など古代エジプト王朝の主要な建造物の大半はラムセスによって造られた。ラムセス2世は67年間(90歳まで)という長い期間、エジプト全土のファラオとして君臨した。それを変わりない友情と王としての義務を通して描いた本書は面白く読めた。是非ご一読を。

ホルン五重奏 ~ モーツァルトを語る第57弾

Naturhorn_3

第57弾は、「ホルン五重奏曲 変ホ長調 K.407」。楽器編成は、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ2、チェロ。弦楽五重奏曲の第一ヴァイオリンがホルンに置き換わった形式だ。ヴィオラ2本にしていることで、ホルンを際だ出せようとの意志が感じられます。この曲も、ホルン協奏曲同様、ロイドケープの為に作曲されました。第一楽章は全体に明るく陽気なメロディーラインです。第二楽章の牧歌的なのどかさが心にしみわたります。アインシュタインは「ホルンと第1ヴァイオリンのあいだの小さな愛の対話」と表現しています。納得。第三楽章の一生懸命な16分音符のホルンにも注目です。

それではお聴きください。mozart_k.407 (クリック)

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