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2008年8月22日 (金)

闇の左大臣 石上朝臣麻呂

Photo蘇我臣馬子との戦いに敗れた物部本宗家は、朝廷から絶縁され滅びたが、中立の立場を守った石上物部の血筋をひく物部連麻呂(後の石上朝臣麻呂)は許され、冠位は最下級の刑官に属する囚獄吏の長となる。天智天皇、天武天皇の時代を通じ、物部連麻呂は最下級役人だったのだ。その上、壬申の乱では大友皇子の警護隊長であり、乱後の出世は望むべくもなかった。しかし天武の没後、石上の氏族名に変わり、持統天皇、元明天皇の時代には徐々に位は上がり、和銅元年(西暦七〇八年)には、臣下の最高位である正二位左大臣にまで上りつめる。なぜ麻呂はそこまで出世できたのか??

闇の部分に迫る黒岩重吾の遺作である。この時代にしては、超人的な生命力で78歳まで生きた物部麻呂を79歳で亡くなる直前に黒岩氏が筆をとっていたことがおもしろい。また「情報」能力を活かしきる麻呂の政治家としての新骨頂ぶりや、一方で奴・碑をも思いやる優しさなどを織り交ぜての物語は、現代でも十分に通用する生き方でもあると感じた。

是非ご一読を!

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