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2010年11月

2010年11月21日 (日)

千葉神社

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奥さんが、千葉の市民ホールまで送ってくれというので、近くの「千葉神社」へ足を運びました。ご祭神は、天之御中主大神、北辰妙見尊星王とも呼ばれる。そう、ここは千葉氏一族の妙見信仰のメッカともいうべき神社なのである。

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上が、神紋の「月星紋(三光紋ともいう)」下が社紋で千葉氏の家紋でもある「九曜紋」。11月なので七五三の参拝者が多く来ていました。

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楼門型の分霊社「尊星殿」がある。これは神社では、類例のない楼門と社殿の複合建築物なのだそうだ。久しぶりの神社参拝となった。

2010年11月20日 (土)

信長もの 2冊

Photo                    Photo_3今週は、信長もの2冊を読破。1冊目は、辻邦生著「安土往還記」。book争乱渦巻く戦国時代、宣教師を送りとどけるために渡来した外国の船員を語り手とし、争乱のさ中にあって、純粋にこの世の道理を求め、自己に課した掟に一貫して忠実であろうとする“尾張の大殿(シニョーレ)”織田信長の心と行動を描く。ゆたかな想像力と抑制のきいたストイックな文体で信長一代の栄華を鮮やかに定着させ、生の高貴さを追究した作品である。貪欲なまでの好奇心。これこそが信長を支えた。そして徹底的に自分が定めた掟を守ろうとする孤独な魂を抱く者として描く。

2冊目は、宇月原清明著「信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス」。book1930年、ベルリン滞在中のアントナン・アルトーの前に現れた日本人青年は、ローマ皇帝ヘリオガバルスと信長の意外なつながりを彼に説いた。ふたりはともに暗黒の太陽神の申し子である。そして口伝によれば、信長は両性具有であった、と…。ナチ台頭期のベルリンと戦国時代の日本を舞台に、伝承に語られた信長の謎が次々と解き明かされて行く。第11回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。 これぞ、宇月原氏の世界。何せ信長は、両性具有者(アンドロギュヌス)。歴史物ではなく、独自の世界を構築してつづられるファンタジージャンルであろうか。アマテラス・スサノオを対として考え受け継ぐ。霊石の存在。福井の織田剣神社。そして、ローマ帝国の皇帝 少年ヘリオガバルスと織田信長を結びつけ、それをもって織田信長という人物を解析する奇怪さ。太陽神の申し子とは。安土城の秘密。この怪しの世界を堪能してください。


2010年11月19日 (金)

THE 神社

参拝した神社の風景等を撮影したアルバムを制作し始めました。WEBページの「神社いろいろ」からお入りください。

2010年11月13日 (土)

死ぬことと見つけたり 上・下

0102龍慶一郎、遺作の一つ「死ぬことと見つけたり」を読む。「葉隠」の「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。二つ二つの場にて、早く死ぬはうに片付くばかりなり。別に仔細なし。胸すわって進むなり。」を見事に、主人公である斎藤杢之助を通して、からりと書きあげているのがおもしろい。そこには、思いつめも、悲壮感もない。あるのは、死を恐れてはならない。ということだけ。傑作だ!!しかし17話中、15話にて終了。残念。

book常住坐臥、死と隣合せに生きる葉隠武士たち。佐賀鍋島藩の斎藤杢之助は、「死人」として生きる典型的な「葉隠」武士である。「死人」ゆえに奔放苛烈な「いくさ人」であり、島原の乱では、莫逆の友、中野求馬と敵陣一番乗りを果たす。だが、鍋島藩を天領としたい老中松平信綱は、彼らの武功を抜駆けとみなし、鍋島藩弾圧を策す。杢之助ら葉隠武士三人衆の己の威信を賭けた闘いが始まった。・・・・

是非ご一読を!!

2010年11月 6日 (土)

聖徳太子 七の暗号

Photo 宮元健次著「聖徳太子 七の暗号」を読む。book聖徳太子(厩戸皇子)は、日本に仏教を広めるために数多くの寺院を建てた人物として知られている。本書は、一見、何の脈絡ももたない複数のキーワードを武器に、聖徳太子ゆかりの寺々の建てられた真の意図をあぶり出すことを目的としている。日本初の憲法十七条の制定、遣隋使の派遣など、華々しい事蹟で満ちている聖徳太子は、日本の歴史を代表する人物である。しかし、近年、「聖徳太子」はいなかったという説が注目を集め、太子虚構説がささやかれている。本書では、『日本書紀』などの史料を駆使し、悩み苦しんだ一人の人間としての聖徳太子にスポットをあて、日本史に描かれなかったその実像に迫る。
◆ 目 次
はじめに
序   章  殺人者の苦悩と悲しみ
第 一 章  四天王寺 ---- 守屋鎮魂のための最初の寺
第 二 章  善光寺 ---- 「七」による浄化の仕掛け
第 三 章  飛鳥寺 ---- 見え隠れする神道の呪術
第 四 章  法隆寺 ---- 死霊に対する恐怖
第 五 章  広隆寺と中宮寺 ---- 渡来人・秦氏の関与
第 六 章  橘寺・法輪寺・法起寺 ----共通する鎮魂の秘儀
終   章  物部守屋の正体
おわりに

法隆寺の建つ斑鳩は、もともとは物部守屋の領地だったが、守屋を滅ぼした後に厩戸皇子の領地となっている。そのため法隆寺には、守屋鎮魂の仕掛けが多数施されている。創建法隆寺も四天王寺や善光寺、飛鳥寺と同様に守屋の成仏を願う目的で建てられたのである。
「太子七か寺」に共通するのは、伽藍配置が四天王寺式配置であり、阿弥陀如来を本尊とする善光寺式一光三尊形式であり刀印をもつことである。ところが、仏像史ではこの点がほとんど触れられていないという。また、それぞれの寺院やゆかりの神社は「自然暦」を意識した位置関係にある。一定の場所から見て、夏至や冬至、春分、秋分の太陽が一定の山から出没するしくみを「自然暦」と呼び、農耕のための暦や祭祀として古来、各地で用いられてきたが、守屋の霊の鎮魂にも自然暦が使われているだ。

2010年11月 5日 (金)

のぼうの城 上・下

12和田竜著「のぼうの城」を読む。映画化されるまえに読んでおかねば・・・と思い。1日で完読。甲斐姫を扱った宮本昌孝の本は読んでいたが、こちらはキャラクターのおもしろさにあっという間に読み終えた。
book戦国期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は関東の雄・北条家に大軍を投じた。そのなかに支城、武州・忍城があった。周囲を湖で取り囲まれた「浮城」の異名を持つ難攻不落の城である。秀吉方約二万の大軍を指揮した石田三成の軍勢に対して、その数、僅か五百。城代・成田長親は、領民たちに木偶の坊から取った「のぼう様」などと呼ばれても泰然としている御仁。武・智・仁で統率する、従来の武将とはおよそ異なるが、なぜか領民の人心を掌握していた。従来の武将とは異なる新しい英傑像を提示した小説。

弱者の誇りとリーダーの包容力 それがこの本のテーマか。


2010年11月 3日 (水)

宮城谷 三国志5.6

56やっとでた。4.5巻から、はや1年。もう少し早いペースで刊行して欲しいものだ。二冊を二日で読んでしまうのだから。5巻は、あの「官渡の戦い」を中止に描き、6巻は「赤壁の戦い」を描く。予想通り、劉備や孔明は、宮城谷三国志では全くと言っていいほど活躍などしない。必要のない脚色は見事にカットされ、淡々と史を語る。また7.8巻は1年後だろうか?


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