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2011年4月

2011年4月30日 (土)

君子蘭

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今年も、先輩から頂いた「君子蘭」見事に咲いてくれてます。


もっこうバラ

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今年も、バラの季節がやっと到来しました。玄関側のもっこうバラは、二階まで達しました。もうすぐ満開です。
自転車置き場を完全にトンネルにしてくれています。
台所の窓からも・・・きれいです
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二階の窓から見ると・・・こんな感じ。
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実は、散った後始末が大変です。大量の花びらと毛虫防御。
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2011年4月29日 (金)

信長の暗号 上・下

12中見利男著「信長の暗号 上・下」読了。
book安土城に招かれた宣教師・ヴァリニャーノは、織田信長より安土城を描いた屏風絵を託された。それは、信長が仕掛けた時のローマ教皇への世界を覆す挑戦状だった――。数年が経ち、信長の死後もバチカンでは、未だに彼が突きつけた屏風の秘密を解き明かせずにいた。信長の〈南蛮世界を覆す〉ほどの暗号とはなんなのか? ローマ教皇パウルス五世は、暗号解読のため、密使を日本へ送り込むが・・・・・・。書き下ろし歴史暗号ミステリー。

暗号は、空海が作ったとされる「いろはうた」そこにはアークの隠された場所が・・・・。奇想天外のストーリー。


2011年4月24日 (日)

英国王のスピーチ

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アカデミー賞作品「英国王のスピーチ」をかみさんと観る。震災でしばらく幕張シネプレックスは閉鎖だったために1月位遅れでの鑑賞となった。まだ、幕張海浜駅周辺は、液状化でまだ、ところどころ隆起をしている歩道があるようだ。

movie1936年の英国。国王ジョージ5世の後継として長男のエドワード8世が即位するが、離婚歴のある米国女性と結婚するために1年もしないうちに王座を捨ててしまう。ジョージ6世として王位に就くことになった弟のヨーク公は内気な性格に加え幼い頃から吃音症に悩み、公務でのスピーチは常に苦痛の種だった。そんな夫を優しく励ます妻のエリザベスは、オーストラリア人のスピーチ矯正専門家ローグを見つけ出すのだった。・・・・

身分と人種を越えての友情の物語としてこの映画をとらえたい。


2011年4月23日 (土)

スーパー晴れ男

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今日は、久しぶりにゴルフ。前日から大雨の予想。朝からもどしゃぶり。今日一緒に周る宮崎で知り合ったTさん(4月に東京へ転勤)もさすがに、電話をしてきた。「やるんですか?」私「ええ、雨はあがります。降りませんから。とにかく来てください。」たぶん、あきれていただろう。家族も、「パパ!どしゃぶりだよ。」私「大丈夫。パパの周りだけ降らないから。」そう言い残して自宅から45分。ミルフィーユゴルフクラブというコースへでかけた。

雨は徐々に小ぶりに。晴れ間も少し見える。スタート時間。ほら止んだ。そう、スーパー晴れ男なのです。今日もその実力を発揮。しかしこんなことは何度も経験しているのだ。INコースからのスタート。全く雨はない。18番ホール。やっと降り始めるが、私がショットする時とパーターの時は止んでいる。グリーンで一度だけ傘をさしただけで終了。

食事時間に、横殴りの雨。しかし、スタートする時間になるとパタリと雨は止む。OUTコースも最終ホールで少しだけ雨が・・・しかしやっぱり私が打つ番になると止む。さすがに同伴者も脱帽。ここ5年間で、100ラウンド以上はこなしているが、3回くらいしか雨は降ってないのだ。帰りの車。どしゃぶり。・・・・今日も奇跡は起こった。

しかし、あいかわらずアイアンがさっぱり。49:44=93。むなしく撃沈!!スコアに奇跡は起こらなかった。


2011年4月22日 (金)

哄う合戦屋

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北沢秋著「哄う合戦屋」読了。book天文十八年。甲斐、武田と越後、長尾に挟まれた緩衝地帯、中信濃に孤高の合戦屋がいた。領主を担ぎ勢力を広げる一方で、不幸なまでの才能と抑えきれぬ天下への大望が、それぞれの運命の前に立ちはだかる―。史実を基にした壮大な人間ドラマ。


2011年4月17日 (日)

昨日見た富士山

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河口湖畔からの富士山。雲一つない絶景でした。
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河口大橋から、かみさんがあわてて撮影。
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山中湖畔からの富士山。この時は残念がら頂上には雲がかかってしまいました。


2011春の庭

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玄関側も庭も、山吹が咲きはじめました。
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紅花トキワマンサクも今年は綺麗に色づいています。

今年は、つる薔薇が綺麗に咲く予感します。お楽しみに!!

2011年4月16日 (土)

高遠城址の桜

朝の3時出発で、長野は伊那にある「高遠城址の桜」を見にかみさんと出かけた。千葉から八王子までわずか45分で抜けた。さすがに車も少ない。途中、諏訪湖SAにて休憩。
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朝飯がわりに「おやき」を頂く。6時45分。高遠到着。朝早いのに、すでに多くの見物客が詰めかけていた。さすが、日本三大桜の名所だ。しかし、残念ながら、3分咲き状態。今年は例年に比べかなり遅いみたいだ。
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それでも、南側の斜面は、8分咲き。
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是非、満開に合わせて、また来よう!!
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甲斐一の宮 浅間(あさま)神社

高遠から戻り、この日は富士山をご神体とする「浅間」神社巡りだ。昨年に総本山で富士宮市にある「富士山本宮浅間(せんげん)大社」へ参拝したが、今回は甲斐の国からいくつかの浅間神社をめぐることに。「浅間」は「せんげん」と読む神社と「あさま」と読む神社があるので気をつけたい。まずは、杖突峠を越えて、山梨へ戻る。この時期、甲府盆地は、桃の花が咲き乱れそれは美しい風景を見せてくれる。
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「甲斐一之宮 浅間神社」へ到着。旧国幣中社にして延喜式 式内社名神大社である。国道沿いの見事な明神鳥居が目を引く。
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ご祭神は、木花咲耶姫。神紋は「桜」。十六八重菊ばかりでなかなかみつからなかったが、ありました。拝殿内の神灯に。
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境内には、綺麗なしだれ桜。
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当神社のひとつの楽しみに、十二支巡りがあります。拝殿右奥へ向かうと、写真↓のような祓門があり
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そこをくぐると、かわいい干支の石像が並んでいます。
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もちろん、十二体。自分の干支の前で願い事を!!
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拝殿は入母屋唐破風向拝造り銅板葺のようです。これにて37の一の宮を参拝。


河口浅間(せんげん)神社

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次に訪れたのは、河口湖畔に鎮座する「河口浅間神社」。こちらも延喜式内社名神大社だ。いきなりの大杉の参道に感動。
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ご祭神は、木花咲耶姫。神紋は「桜」と「羽団扇」。羽団扇は社紋かもしれない。
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こちらの神域は、七本杉が醸し出す圧倒観と静謐さに言葉を忘れるであろう。
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七本の大杉にはすべて名がつけられている。1番「御爾(みしるし)」は樹齢1200年だそうだ。
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きてよかった。本殿は、一間社流造銅板葺のようです。
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富士御室浅間神社

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同じく河口湖畔(富士山側)に鎮座する「富士御室浅間神社」へ参拝。県社、別表神社である。富士山を背にする本宮は、重要文化財指定です。富士山中最古のお宮といわれ、北室浅間堂とも呼ばれた。
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本社本殿は一間社入母屋唐破風向拝造り。高欄付緑が回り、背部両脇に彫刻をはめ込んだ脇障子が立っている。柱上部破風木等金箔飾り金具を取り付け、内陣扉廻りに透彫彫刻をはめ込み、内部の彩色も当初のものをよく残した桃山時代の特色をもち、建立年時の確実な豪壮優雅な建造物である。
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里宮の拝殿は、参道から隋神門と伸びた方向から少し右に向いている。この正面方向が富士山なのだろう。

北口本宮富士浅間神社

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一の鳥居と参道を抜けると、度肝を抜くほどの大きな<17.7M>両部鳥居(二の鳥居)が我々を迎えてくれる。富士吉田市にある「北口本宮富士浅間(せんげん)神社」はスケールが違う。
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随神門も歴史を感じさせる重厚な造り。
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拝殿左に聳える「富士太郎杉」も圧巻だ。
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拝殿も向拝部に様々な彫刻がなされている。神紋はもちろん「桜」。
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ここは、富士登山への北からの登り口にもなっているようです。

2011年4月15日 (金)

新三河物語 上・中・下

123宮城谷昌光「新三河物語」を読了。天下のご意見番と俗に言われる大久保彦左衛門忠教(おおくぼひこざえもんただたか・幼名は平助)が生まれた桶狭間合戦の直後から始まり、今川からの独立戦、三河一向一揆との戦い、三方ヶ原合戦、甲信制圧、関が原、大阪の陣、さらには三代将軍家光時代までの約70年にわたる有名な出来事と、それにまつわる大久保一族の働き様が描かれている。大久保一族の苦悩と盛衰を描くなかで、時よりみせるアフォリズム。実にすばらしい作品であった。戦国時代に側面を知ると共に、武士(もののふといったほうがいいかもしれない)そのもののありよう。上に立つ者(リーダー)の有り様を、細かに書きこんでくれているのが良い。世の多くの経営者たちは是非読んでもらいたいものだ。家康ほども人間でも、最後は佞臣をまわりに置き、真の忠義をみることができず、公平な判断ができなくなってしまうのだ。


――人は徳にしか頭をさげない。というのは中国哲学であるが、強大な武力や権力に多くの人々は頭をさげてみせるが、それはうわべだけのことである、と元康はたれよりもよく知っていた。

ちかごろ司馬遷の「史記」を熟読している平助は、介子推というものの言葉をここで思った。――尤(とが)めて之にならうは罪これよりも甚だしき有り。他人を非難しておきながら、その人と同じようなことをすれば、これほど罪深いことは無い。


2011年4月10日 (日)

花見川の桜

002 チャリンコを飛ばして、近くの花見川の桜散策。桜のトンネルがある花見川沿いは、8分咲きだが綺麗に咲いておりました。
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川を下っていくと、今度は住まいのある瑞穂の杜側の桜が見えてきます。
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運動不足解消と花見を兼ねたサイクリングでした。このあと、近くの子守神社・三代王神社を参拝。


子守神社・三代王神社(千葉)

昨日、子安神社へ参拝したので、今日はチャリンコにて「子守こまもり神社」「三代王神社」を参拝。
まずは、子守神社。
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ご祭神は「稲田姫命・素盞嗚尊・大己貴尊」。建久五年(1194)千葉常胤の四男、大須賀四郎胤信によって創建され、かつて素加天王神社と呼ばれていたらしい。神紋は、千葉氏の流れを受ける「九曜に月」紋。
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本殿は見事な流造だった。
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次に「三代王神社」へ足を延ばす。御祭神:天種子命。武石氏の祖、武石三郎胤盛(千葉介常胤の三男)が建仁二年(1202)に武石郷の守護神として建立したと伝えられています。
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天種子命は、天児屋命(あめのこやねのみこと)の孫にあたり、中臣(なかとみ)氏の遠祖である。
やはりこちらも神紋は「九曜」紋です。
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本殿は、なに造りかわからない構造でした。???
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2011年4月 9日 (土)

巨人たちの落日 上・中・下

123_2ケン・フォレットの「巨人たちの落日」を読了。「大聖堂」
そして「大聖堂 はてしなき世界」につづく長編大作だ。(前二作とのつながりはなし)。この作品もはらはらどきどきの人間ドラマが見事に描かれている。
運命の糸に手繰り寄せられていくキャスト。時代は、激動の20世紀初頭、第一次世界大戦へとむかうウェールズの炭鉱街から始まる。炭鉱労働者の家に育ったメイドのエセルと弟のビリー。ロシアの皇女を妻に迎え、英国貴族として生きる若き伯爵フィッツ、貴族に生まれながら女性運動に身を投じるフィッツの妹モード、敵国の女性を愛してしまったドイツ大使館員のワルター、アメリカ大統領の側近として海を越えて奔走するガス、そして革命前夜のロシアで最底辺の暮らしにあえぐグリゴーリイとレフの兄弟──。国も身分も異なる5つの家族の運命が絡み合い、壮大なドラマが紡がれていく。
三作品に共通するのは「女性」が重要な役割を果たし、また強く自立した生き方をしている点だ。そういえば名作「針の眼」もそうだった。ケン・フォレットの女性像とは、そういった社会に流されない力強い姿を理想としているのかもしれない。いや~今回も読みごたえ十分でした。

子安神社(千葉:花見川区)

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散髪の帰りに、「子安神社」を参拝。
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桜の満開。ご祭神は、奇稲田姫命。船橋の二宮神社が、素戔嗚尊なので、夫婦の関係に有る。ご神紋は、千葉氏の影響でしょう。「九曜紋」です。
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7年に一度、丑年と未年に行われる「三山の祭り」と呼ばれる祭りがある。この祭は、千葉・習志野・八千代・船橋の4市の神社9社がそろって祭りに参加する祭りで、二宮神社(船橋市三山町)を中心とする農漁村の五穀豊穣祈願祭と、千葉市畑町の子安(こやす)神社と幕張町の子守(こまもり)神社を中心とする安産子育祈願祭とが一緒になった祭りだそうだ。残念ながら地元なのに見ていない。次回は2017年。

2011年4月 3日 (日)

『古事記』 神話の謎を解く

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「古事記」は、新しく誕生した国家=「日本」の要請が作り出した神話であるが、古事記とは一体何?という初心者には、非常にわかりやすい書であるといえる。おもしろく読んだ。

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