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2011年9月

2011年9月24日 (土)

悪行の聖者 聖徳太子

Photo篠崎紘一著「悪行の聖者 聖徳太子」を読む。
bookなぜ聖徳太子は天皇になれなかったのか。その出生の秘密とは…? 崇仏か排仏かの議論に決着をつけ、仏教支持を明確にした用明大王の死後、後を継いだ崇峻大王が暗殺された。暗殺に自ら手を下したのは、用明の遺児、厩戸皇子(聖徳太子)だった。叔母・推古天皇の摂政となった厩戸は、罪を重ねつつも蘇我馬子に対抗し、民衆を救う仏教王国の建設を志す。聖徳太子の暗黒面に光をあてて話題を呼んだ古代史小説。

衝撃的な暗殺シーンから始まる。謎の多い、聖徳太子像をこんな展開で表現するとは驚きでした。


2011年9月23日 (金)

秋晴れのゴルフ

Glenoaks04
気温20度。ようやく夏も終わり、秋晴れの中ゴルフ。今日は、「グレンオークスカントリークラブ」にて、名古屋配属時代の先輩・後輩とプレー。確かにコースは、美しい。しかし、詰め込みすぎです。スタート時間が35分遅れ。この遅れは明らかに意図的である。前後半とも3時間。監視カートもこない。アーコーディアはそういう所が多すぎだ。(選んだ私がバカでした)

その上、20代くらいの若者がとにかく、マナーを知らずにやっているので余計に時間がかかる。前の二組がまさにそれ。とにかくひどかった。クラブを持って自分のボールの所へいかない。4人とも林に消える。届きもしないのにグリーンが空くのを待つ。結果チョロ・・・。そろってダラダラ歩く。打ち終わって池に入れてるのに、その場でまた何度も素振りをしてる・・・。呆れました。オール「遼君のつもり」状態。もっと練習してから来てね。最近やたらそういった若者プレーヤーが多い。多分誰からも教えてもらってないんでしょう。下手は、打ったら3本クラブを持って走る。構えたらすぐ打つ。よく先輩から言われたものです。今でもミスしたら、必ず3.4本クラブを握って走ってボールへ向かいます。

さてゴルフですが、そんなイライラ状態にもかかわらず、アプローチ、パット(27パット)が冴え渡り、44:43=87.これには満足。また久しぶりの先輩・後輩とのゴルフは十分楽しみました。


2011年9月18日 (日)

M8/TSUNAMI

M8Tsunami
高嶋哲夫著「M8」「TSHNAMI」読了。
「M8」 東京をマグニチュード8の直下型大地震が襲う!!若手研究者・瀬戸口が東京直下型大地震を予知。阪神大震災を同じく体験した三人の同級生たちそれぞれの葛藤を軸に、首都大地震を最新の研究を反映して完全シミュレーションした書き下ろし力作!
「TSUNAMI] 太平洋沿岸を巨大地震と大津波が襲う!海溝型地震である東海地震、東南海地震、南海地震が同時発生、巨大津波が日本を襲う! 東海地震で名古屋は壊滅に陥るが、それは悲劇の序章に過ぎなかった…。『M8』続編、迫真の震災パニック小説。

2004,5年頃の作品だ。今後の日本の国家としてのあるべき姿を考えさせる作品であった。


側高神社~香取神宮第一摂社

今日は、ゴルフにて香取・佐原方面へ。練習場で、試したクローズドスタンスが功を奏し、2か月ぶりの80台。とっいても45:44のギリギリ。まあでも満足。

さて、そのついでに早めに出発し、香取神宮第一摂社「側高神社」へ参拝。
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ご祭神は、高皇産霊尊・神皇産霊尊・天日鷲命・経津主命他とされているが、実は、古来より秘匿されていて不明なのだそうだ。「側高の神」としか言えないらしい。伝承では、香取の神の命により陸奥より馬2000匹を捕えて戻ったところ陸奥の神が追いかけてきた。そこで側高の神は潮干珠で潮を引かせ、馬を下総の地に渡らせた。馬を渡し終えると今度は潮満珠で潮を満たし、陸奥の神が追い付けないようにした。まるでモーゼ!!
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神紋は、十六菊と五七桐。香取神宮と一緒である。
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境内入口に、「四つの甕」というものがある。その瓶が、春の甕、夏の甕、秋の甕、冬の甕と呼ばれ、それぞれの甕の中の雨水量がその年の降水量を占うと伝わっている。
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本殿は一間社流造のようです。屋根は、銅板葺。昔は茅葺だったそうです。第一末社「大戸神社」は次回に。


2011年9月11日 (日)

小太郎の左腕

Photo「のぼうの城」で一躍有名になった和田竜の新作「小太郎の左腕」を読む。全くのフィクション歴史小説だ。
ribbon一五五六年。戦国の大名がいまだ未成熟の時代。勢力図を拡大し続ける戸沢家、児玉家の両雄は、もはや開戦を避けられない状態にあった。後に両陣営の命運を握ることになるその少年・小太郎のことなど、知る由もなかった―。


2011年9月10日 (土)

乱神 (上・下)

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高島哲夫著「乱神」上・下 完読。

book北九州大学の考古学者・馬渡俊が、九州の海岸で、800年近い歴史を刻み込んだ中世ヨーロッパの剣を発掘した。それは日本の歴史を覆すものだった…。舞台は13世紀後半の日本で、十字軍に参加したイギリスの騎士たち一行が九州の浜辺に流れ着き、当時の執権・北条時宗と手を組んで蒙古を迎え撃つという架空の歴史を描き、「元寇」に揺れる日本に十字軍の騎士が現れるという奇抜な発想で描かれた歴史ロマン。

おもしろい発想にとりあえず脱帽。


2011年9月 3日 (土)

大生神社&鹿島神宮摂社_坂戸社・沼尾社

常陸風土記に曰く「下総の海上国造の領内、軽野より南1里と那珂国造の領地寒田より北5里を割いて、新しく神郡を置いた。そこにある天の大神の社、坂戸の社、沼尾の社、三処を合わせて、すべて香島の天の大神と言う。」
坂戸の社=天児屋根命、沼尾の社=経津主命である。天の大神の社のご祭神が不明とされているが、流れからすると健御雷之男神(タケミカヅチノオガミ)となる。

現在の、鹿島神宮=天の大神の社という説があるが、鹿島神宮には元宮とよばれた神社があり、それが「大生神社」である。この地域一帯を支配していた多(飫富・意富)氏一族の祖神を祀る神がもともとあり、それを藤原氏が神換えを行い遷宮させたのであろうか。大生神社の現在のご祭神は、健御雷之男神である。
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潮来の北側、霞ヶ浦・北浦に挟まれた場所(行川市)に位置する。
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拝殿左には見事な神木が屹立している。
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本殿は、三間社流造、元茅葺、向拝をもち曲線が独特の造りとなっている。

鹿島神宮の北のはずれ坂戸社・沼尾社がある。鹿島神宮跡宮とこの2社は南北に並んでいる。(跡宮はまたの機会に参拝したい)まずは「坂戸社」へ。
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奥深い林の中に、今はひっそりと鎮座してる。
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拝殿・本殿はちゃんとある。
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最後に、沼尾社へ。
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こちらも今は、草繁る林の中に。
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