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2012年8月

2012年8月31日 (金)

義烈千秋天狗党西へ

Photo伊藤潤著「義烈千秋天狗党西へ」を読む。先輩のS氏の推薦により単行本2300円。文庫なら3冊買える。

book一人また一人。開国の波に喘ぐ水戸藩から決起した貧しくも屈強な義士たち。若き首領藤田小四郎、軍師山国兵部、強力の怪僧全海、剣鬼田中愿蔵……。強大な追討軍と血戦を重ねつつ一路京へ――。行く手を阻むは因縁深き彦根藩、豪雪の峠、そして未曾有の悲運。最強にして清貧の義士と謳われた天狗党の、血と涙の行軍のすべて。

ここには知られざる天狗党の有り様が見事に描かれていました。天狗党の決起が、開国による貿易の自由化で壊滅的な打撃を受けた北関東の農家を救うために行われたことがまずもって驚きであった。また、斉昭公以来の尊皇攘夷で知られる水戸藩が、藩を真っ二つにした大規模な内乱を起こしていたことも知りませんでした。
殆ど無名の天狗党の人物を描き、彼らの私利私欲の介在する余地のない、大義に生きた1000kmに及ぶ闘いを見事に再現してくれています。

調べると天狗党には11名も15歳以下の子供もいました。本書に登場する野村丑之助の最期の場面は涙なくしては読めません。享年13歳。辞世の句は『なきがらは程なく土にかわるとも 魂はのこりて皇国を守る』です。


場当たり的な指示で事態を混乱させた幕閣の無策(特に、保身のために天狗党を見捨てる慶喜には、怒りを覚えるかもしれない)が、現代の為政者を彷彿とさせるだけに、最期までぶれることなく「素志」を貫いた小四郎たちは余計に輝いて見えます。天狗党は過激な尊王攘夷を唱えていたが、その目的は幕政改革であり、(田中愿蔵などの少数派を除けば)討幕など考えていなかったのです。ところが攘夷派に対する幕府の方針が迷走したことによって、いつの間にか賊軍にされ、仕方なく、敬愛する徳川斉昭の息子・慶喜に真意を伝えるため京を目指します。慶喜がもっとまともな男であったら天狗党の有り様も随分変わっていたと思われます。無念です。

天狗党の決起は必ずしも成功したとはいえない。しかし、その気高い精神は、時代を超えて深い感動を与えてくれます。

2012年8月25日 (土)

褐色の文豪

Photo佐藤賢一著「褐色の文豪」を読む。book皇帝ナポレオンのもとで「黒い悪魔」との異名をとったデュマ将軍。褐色の肌を受け継いだその息子、アレクサンドル・デュマ2世は、父親譲りの集中力を武器に、劇作家としての道を歩み始める――。『三銃士』『モンテ・クリスト伯』で、フランス文学界の伝説になった天才作家の天真爛漫で自由闊達な生涯を描く。 

デュマの破天荒な生き方は最高です。天真爛漫で底抜けに楽天的、あらゆる事に好奇心旺盛で屈託がない。悪く言えば自己中心的で破綻した性格なんだが、明るく裏表がないんで憎めない。
また、そのデュマをそばで憎々しくみているユーゴの思いも傑作です。是非、ご一読を。

2012年8月19日 (日)

日御子

Photo_2帚木蓬生著「日御子」を読む。
bookはるか昔、倭国の平和のために海を越え大陸をめざした人々がいた。それは、失われた歴史をつむぐ朝貢の旅。いまにつながる、この国のはじまり。日本人のルーツを壮大なスケールで描く、書き下ろし歴史ロマン小説。

日御子というより、使譯(しえき/通訳)としてのアズミの物語でした。当時の倭の国々の朝貢の歴史を使譯の一族の歴史として紡いでゆきます。一族に伝わる3つの教え「人を裏切らない」「人を恨まず、戦いを挑まない」「良い習慣は才能を超える」と、さらに炎女が自得した「骨休めは仕事と仕事の転換にある」。これを守りながら、使譯の務めを全うする彼らは、充実した人生を送ることになる。血の繋がりの中で伝えられることで人はより成長し、その人間が支える国家も良い方向に成長していくのである。

邪馬台国を筑後川の下流域、現在の福岡県久留米市辺りに設定していま。ただし〈弥摩大国〉と書く。奴国(なこく)は〈那国〉、狗奴(くな)国は〈求奈国〉としていました。 私も九州説ですのでこの書きぶりは大いに賛同しました。
日御子のもっと焦点を当ててもらいたかった気がします。その点が残念です。


2012年8月18日 (土)

英雄の書 上・下

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宮部みゆき著「英雄の書 上・下」を読み終える・。久しぶりに時間がかかった本でした。やはり自分の感性外の本は進みが遅いですね。ファンタジーものは嫌いではないのですが。

book森崎友理子は小学五年生。ある日、中学二年生の兄・大樹がクラスメートを殺傷し、姿を消すという衝撃的な事件が起きた。事件から十日ほど経った時、友理子は兄の部屋で不思議な声を聞く。「君のお兄さんは“英雄”に魅入られてしまったのだ」 。本棚の奥の見慣れぬ書物が、友理子にささやいているのだった。書物に導かれ、兄を救い出す旅へ出る友理子。すべての物語が生まれ、回帰してゆく〈無名の地〉と呼ばれる場所で、友理子は、世界の根源というべき、おそるべき光景を目にするーー 。

2012年8月 7日 (火)

夏旅行~伊勢・熊野(4) 帰り道

千葉へ戻る道すがら、三河一宮「砥鹿神社」と「豊川稲荷」へ寄り道しました。

そして、お昼ごはんは、匂いに誘われて「うなぎ」。
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関東のように蒸していませんが、おいしかったです。

往復1300km。かなりハードスケジュールでの今回の夏旅行でした。


2012年8月 6日 (月)

夏旅行~伊勢・熊野(3)

今日は、熊野三山を廻ります。まず熊野那智大社そして熊野速玉大社、最後に熊野本宮大社です。
奈良の五條市経由で、かみさんの実家 伊賀上野に夕方までに戻らなければなりません。いざ出発。
(神社詳細は、神社探訪~日本人の心を御覧ください)
Img_1224 熊野那智大社別宮 飛瀧神社のご祭神は、大己貴命(おおなむじのみこと)ですが、ご神体は那智の滝です。こちらには拝殿も本殿もありません。落差133mの日本一の直瀑です。滝の落ち口には注連縄が張られていますが、この注連縄は毎年2回、7月9日と12月27日に神職の手によって張り替えられるそうです。Img_1122
ほんのわずかですが「熊野古道」も歩き、その自然の美しさに身を委ねました。
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そして新宮にある「神倉神社」。どうしてもここは参拝したかった神社です。神話時代にさかのぼる古くからの伝承があります。『古事記』『日本書紀』によれば、神倉山は、神武天皇が東征の際に登った天磐盾(あめのいわたて)の山であるというのです。本殿へ至る石段は538段を算し、自然石(花崗岩)を組み合わせて築かれたもので、その上かなりの急勾配で登りながら下をみるとゾッとします。その上、この暑さ。ヒーコラ言いながら登って行きました。

神倉神社は、今から参拝する「熊野速玉大社」の摂社となっています。「熊野速玉大社」は新宮市の街中に鎮座し、唯一階段のない神社でした。社殿は朱で統一されており、艶やかなです。熊野三山それぞれの12の社殿に祀られた神々は熊野十二所権現と呼ばれ、すべて本体は仏や菩薩であると考えられました。熊野速玉大神は薬師如来、熊野結大神は千手観音、家津美御子大神は阿弥陀如来を本地とするされました。

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最後に参拝したのは「熊野本宮大社」です。旧社地である「大斎原」(おおゆのはら)には平成12年完成した日本一の大鳥居があります。(高さ33.9m、横42m、鉄筋コンクリート)

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熊野本宮大社は、古くは「熊野坐(くまのにます)神社」という名で呼ばれていました。熊野三山の中心で、全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮です。大きな八咫烏(やたがらす)の幟が目を引きます。八咫烏は熊野権現の使い。三本足の烏です。日本サッカー協会のシンボルマークでお馴染みですね。

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牛王護符、手ぬぐい、勝守りを買って帰りました。

 

2012年8月 5日 (日)

夏旅行~伊勢・熊野(2)

朝5:10 日の出が始まります。二見の夫婦岩の間から太陽が登る位置を確保。早朝なのに40名くらいの観光客と一緒にその時を待ちます。
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感動!!
そして、いよいよ伊勢神宮へ。
参拝の順序は、外宮→外宮別宮 月夜見宮→内宮別宮 倭姫宮→内宮別宮 月読宮→内宮→内宮遥宮別宮 伊雑宮→内宮遥宮別宮 瀧原宮 です。こちらの7つが御朱印のいただける宮となります。神社の詳しい紹介と写真は、「神社探訪~日本人の心」を御覧ください。
Img_1108朝8時 内宮前にある「おかげ横丁」の赤福本店によりました。なんと朝5時開店らしいです。

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昼食は、鳥羽へ向かい名物の「手ごねずしと伊勢うどん」を食べました。うまい!!
今日は、伊勢神宮参拝後、那智勝浦まで足を伸ばし、那智勝浦温泉「かつうら御苑」さんに宿泊します。
部屋からは、那智の滝・太平洋が見える絶好のロケーションにありました。


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お風呂も料理も最高でした。

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夏旅行~伊勢神宮の風景

神宮の風景

詳しい紹介はMyBlog「神社探訪~日本人の心」を御覧ください。

外宮
<正宮>
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<多賀宮への階段を登るママ>
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月夜見宮
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倭姫宮
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月読宮
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内宮
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伊雑宮
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瀧原宮
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2012年8月 4日 (土)

夏旅行~伊勢・熊野(1)

Photo4日の夕方より車で出発。初めての新東名を西へ向かいます。最初の休憩は「駿河湾沼津SA」。有名な「しおや」の牛たん定食で舌鼓。計画では、夜中の間に、一気に伊勢まで向かい、日の出の二見夫婦岩を観る予定です。連日のオリンピックのお陰で寝不足気味なのが少し心配。次の休憩予定浜松まで頑張って運転しました。
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浜松SAは、ピアノの鍵盤をモチーフとした綺麗な建物でした。ここでコインシャワーを利用してすっきり。運転手交代で、助手席て一休み。寝ている間にもう伊勢に到着です。さあ、朝が楽しみです。


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