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2014年3月

2014年3月29日 (土)

時平の桜、菅公の梅

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奥山景布子著「時平の桜、菅公の梅」を読む。

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――二花は、並ばぬ運命―― 孤高の秀才・菅原道真と、若き貴公子・藤原時平。 世代も身分も境遇も違う二人が互いに魅かれあい、 そして離れゆく……国の頂点を目指した男たちの熱き闘いを描く書き下ろし長篇。 “恵まれた境遇で育ち、なにほどの苦労もなく、 二十二歳という若さで参議に列している自分を、幼き頃から研鑽を積み、 他を圧倒する才を培い、四十八歳にして菅家 始まって以来の昇進を遂げた道真が今、どう見ているか。・・・身分も年齢も違う二人は互いに魅かれ合うも、残酷な因縁に辿り着く――国の頂を目指した男たちの熱き闘い!

本書は、時平を中心に道真の大宰府左遷を描く。そこには、悪役 時平の姿はなく、慎重さと知略で政を司りながらも民の幸福を願い、藤原という家の繁栄や願いに悩んでいる姿がある。こうした藤原北家側からの物語もあっていいのだと思う。

かなり面白く読みました。私の中では、今年度前半第1位です。

2014年3月22日 (土)

京滋旅行~3日目 貴船神社

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早朝、まずは本宮を通り過ぎ貴船川沿いにせせらぎを聞きながら上がっていきます。中宮(結社ゆいのやしろ)・奥宮を目指します。300mほどで「結社」に到着。
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結社(ゆいのやしろ)は、磐長姫命(いわながひめみこと)を祀っています。古来より、縁結びの神として信仰を集めていると書かれています。これには、疑問があります。

磐長姫命は大山祇神(おおやまつみ)の娘で、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の姉。 コノハナノサクヤビメとともに天孫瓊々杵尊(ににぎ)の元に嫁ぐが、イワナガヒメは醜かったことから父の元に送り返された姫です。縁結びとはほど遠いですからね。 P1030489

社殿の右わきには「天の磐船」とよばれる自然石があります。朝の静けさと気温の低さもあって、凛とした空気が心地よいです。和泉式部が参拝した時の和歌が石碑として置かれています。
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「ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる」 :::恋に悩んでいたら、沢に飛ぶ蛍も私の体から抜け出した魂ではないかと見えます::: それに対して貴船明神が返したと伝えられる短歌があります。 「おく山に たぎりて落つる 滝つ瀬の 玉ちるばかり ものな思ひそ」 :::奥山にたぎり落ちる滝の水玉が飛び散るように、(魂が飛び散ってしまうほど)思い悩んではいけません::: いずれも、後拾遺和歌集に収録されています。 さて、さらに400m先に奥宮があります。
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昨夜の雪を被った枝がきらきら光り幻想的です。P1030502
鳥居を抜け暫く大きな杉並木の参道を歩きます。
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奥宮到着。まだ、灯篭に灯りが入っています。以前はこちらが本宮だったようです。
ご祭神は、闇龗神(くらおかみのかみ)。本宮の高龗神と同じ神であるとされています。
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静謐な境内を一人歩いてゆきます。
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本殿(一間社流造)の脇に「権地」があります。「権地」とは、社殿の新築・改築・遷座などで社殿の工事を行う際に、仮の社殿を建てる場所のことをいうそうです。そして、この下には「竜穴」があると伝えられています。  文久年間(1861~63年)、本殿工事の際に大工が誤ってノミを本殿下の竜穴に落としたところ、にわかに天候が変わって突風が起こり、ノミを空中へ吹き上げ、怒った竜が現れ、その大工は落命したという話もあります。そんな伝説も遺されているほど、「穢したりしてはいけない神聖な場所」だと考えられていたのでしょう。 P1030519
暫く、誰もいない境内で、山の空気を吸い込み、静かに過ごしました。
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貴船川を下り、本宮まで戻ります。
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ご祭神は、先ほど記述しましたが、水の神様である「高龗神(たかおかみ)」です。 全国に約450社ある貴船神社の総本社。式内社(名神大社)にして二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社です。
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参道の階段には、両脇に朱の灯篭が続きます。この写真が撮りたかった!!
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拝殿には、灯りがつけられていました。厳かです。
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本殿は、三間社流造。
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神紋は「双葉葵」紋。
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境内には、白馬・黒馬の神馬像がありました。当社は水の神を祀る神社ですが、祈雨八十五座の一として、祈雨に黒馬、祈晴に白馬を奉納されたそうです。昔は馬が貴重だったので、いつしか馬の絵を奉納するようになったらしく、そもそも絵馬発祥の地だといわれています。
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京都の奥座敷「貴船」の静けさと「貴船神社」の神気を十分に堪能しました。
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そして最後に、旅館の中居さんに写真を撮ってもらいました。

京滋旅行~3日目 賀茂御祖神社

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本日、2社目は山城国一の宮「賀茂御祖神社」別名「下鴨神社」です。北区にある 賀茂別雷神社 を上社と称し、当社・賀茂御祖神社を下社と称します。ご祭神は、賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、玉依姫命の父の賀茂建角身命。故に「御祖神社」なんですね。 P1030548
。式内社(名神大社)にして、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社です。こちらには、巨大な楼門があります。
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本殿は、改修中にて観る事ができませんでした。東西二つの本殿をもち、西が賀茂建角身命、東が玉依姫をお祀りしています。共に国宝です。
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本殿の前には、七つの社に十二支を守る神様が祀られています(言社)。もちろん、私は子をかみさんは牛の社を拝みました。
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ご神紋は、いわずと知れた「加茂葵」紋です。

京滋旅行~3日目 晴明神社

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本日3社目は、「晴明神社」です。鳥居の扁額にはご神紋の「安倍晴明判」の五芒星が。
もちろん、ご祭神は「安陪晴明」です。一条戻橋のたもと(北西)にあった晴明の屋敷跡に鎮座しています。その一条戻橋もこちらに。先代の橋で使われていた欄干の親柱を境内に移し、昔の風情をそのままに「一條戻橋」を再現しています。 P1030566
源頼光の四天王の一人、渡辺綱が 鬼女の腕を切り落とした場所ですから、橋の脇には、「鬼女」がいますね。 晴明公が念力により湧出させたという井戸がこの晴明井です。P1030571
病気平癒の信仰があり、湧き出す水は現在でも飲んで頂いていいそうです。 P1030579
拝殿の随所に五芒星があしらわれていました。 そして、縁起が良いとされる厄除けの桃の像もあります。 最近は、人気のパワースポットですから多くの参拝客が訪れていました。P1030580

京滋旅行~3日目 北野天満宮

京滋旅行 最後の参拝は「北野天満宮」です。言わずと知れた菅原道真公をお祀りする神社です。北野天満宮は、当然梅で有名。この日も大勢の参拝客です。

P1030586 相殿東座には中将殿(道真嫡男)と相殿西座には吉祥女(道真妻)を配祀しています。 P1030593
梅は、真っ盛りで境内いたるところで咲いていました。
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参道を進むと、天満宮の扁額が架かった楼門があります。
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そして、ご本殿です。権現造です。
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ご神紋は、おなじみの「星梅鉢」紋(提灯上の屋根のマーク)と、もう一つ「荒枝付き三階松」紋という変わった紋が使われています。
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十分に梅を堪能してきました。
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京滋旅行~3日目 帰り道

寺町・新京極に寄って「お土産」を買い、昼食をすませ、伏見稲荷神社へ向かいましたが、あまりの人手で全く駐車場も見つからず、断念。今回の京滋旅行の参拝は16社でした。

名神・東名も御殿場までは順調。富士山も見事な姿を見せてくれました。
(蒲原-富士SAの間;車中 助手席より)
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しかし、御殿場から35kmの渋滞。海老名SAで夕食をすませ、8時間かかり帰宅です。
実に充実した旅行となりました。

2014年3月21日 (金)

京滋旅行~2日目 木嶋坐天照御魂神社

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2日目最初に訪れたのは、「木嶋坐天照御魂神社」。知る人ぞ知る(まあほとんど知らないですね)式内社です。ここが何故、神社通に有名なのかというと<鳥居>です。
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「三柱鳥居(みはしら)」といいます。本殿左側にある「元糺の池(もとただすのいけ)」の中に建てられていました。これが撮りたかった。
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境内は、小さいながらも凛とした雰囲気があります。ご祭神は、天御中主命・大国魂神・穂々出見命・鵜茅葺不合命の四神です。たぶん元はその名の通り「天照御魂神」を祀っていたのでしょう。ただ、「天照御魂神」とは誰か? 諸説あるようです。ここが神社研究の発端の一つ。 P1030330
神紋は「加茂葵」紋のようです。本殿東側に織物の始祖(秦氏)を祀る蚕養(こがい)神社があることから蚕の社(かいこのやしろ)の通称が広く知られています。
上・下の賀茂神社と同様「葵」紋は秦氏の紋でした。

京滋旅行~2日目 梅宮大社

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本日2社目は「梅宮大社」です。ご祭神は酒解神、大若子神、小若子神、酒解子神の四座、式内神で 二十二社に列し、もと官幣中社であった。橘諸兄の母縣犬養三千代の 創建といわれ、古くは橘氏の氏神です。こちらの四神ですが、酒解神(大山祇神(おおやまつのかみ))の御子酒解子神(木花咲耶姫命 (このはなさくやひめのみこと))は大若子神(瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)) と 一夜の契りでやがて小若子神(彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと))をお生みになった。 そこで姫は歓喜して狭名田(さなた)の稲をとって天甜酒(あめのうまざけ)を造り、 これを飲まれたという神話から安産と造酒の神として古くから有名です。
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神門の右手に梅。
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左手に橘が植えられています。
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境内にも、見事な紅白梅。
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ご神紋はそういうわけで「橘」紋。
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本殿は、拝所が設けられ、その奥に屋根だけが見えます。流造だそうです。
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境内右手には、大きな池をもつ庭園がありました。

京滋旅行~2日目 松尾大社

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3社目は「松尾大社」です。こちらも、式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社で、旧官幣大社。ご祭神は、渡来人の秦氏が山城国一帯に居住し、松尾山の神(大山咋神)を氏神としたことから、大山咋神(おおやまくいのみこと)です。
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参道を抜けると、風格ある楼門が見えてきます。
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ご神紋は、秦氏由来の「二重葵」紋です。
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本殿は、「松尾造」といわれる独特の社殿です。
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両流造で、曲線を持った美しい屋根が、前後両方向に同じように長く伸びているものです。前の方だけが後ろの方より特に長い場合は、流造りと呼び、全国神社の本殿に一番多い形式ですが、この前後に同形で長く伸びた両流造りはごく少なく、他では厳島神社(広島県)と宗像大社(福岡県)に伝えられているぐらいで、それ故「松尾造」の別名があります。桁行(けたゆき)三間(正面の柱が三つ)、梁間(はりま)四間(側面の柱が四つ)、一重(一階建)、檜皮葺(ひわだぶき)です。<三間社両流造>
こちらでは、絵馬の代わりに「しゃもじ」が使われるそうで、境内のいたるところに「しゃもじ」がありました。調べると願い事が「すくわれる」という意味だそうです。納得。

京滋旅行~2日目 月読神社

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松尾大社摂社「月読神社」です。松尾大社の南に位置し、顕宗三年(四八七)阿閉臣事代によって、壱岐から勧請されました。ご祭神は、もちろん「月読命」。月読神社が京都へもたらされるにあたって は渡来系氏族、なかでも山城国と深く関係す る秦氏が関わった可能性が強く、古代京都の 神祇信仰やまた渡来文化を考える上で重要な 意味をもつ神社であるといえます。延喜式では名神大社の一つに数 えられる式内社でもあります。
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本殿にも鳥居と同じく「月読大神」の扁額があります。
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一間社流造です。
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末社には珍しく「聖徳太子社」がありました。

京滋旅行~2日目 車折神社

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古代史研究のための神社探訪とは、あまり関係ない神社ですが、話のタネに参拝しました。
ご祭神は、清原頼業(きよはらのよりなり)公。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者です。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された人物です。社名の「車折」については、ある人が牛車に乗ったまま社前を通った所、突然車が裂けてしまったためとも、後嵯峨天皇の大堰川遊幸の際、社前で突然車が前に進まなくなったので、不思議に思って社の者に問うた所、頼業公を祀ると答えがあったので、還御の後に「車折大明神」の神号と正一位の神階を贈ったためともいう。 P1030391
こちらが有名なのは「芸能神社」が境内社にあり、ここを多くの芸能人が参拝し玉垣を納めているからです。
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想像以上に多くの玉垣が所狭しとあります。
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男気の面々もありました。
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車折神社の神紋は「丸に一」紋と桜紋のようです。

京滋旅行~2日目 石清水八幡宮

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石清水八幡宮です。京都の南 八幡市に位置します。清和天皇貞観元年(859)、南都大安寺の僧行基が、「吾、王城近き石清水男山の峯に移座して国家を鎮護せん」という豊前宇佐八幡の託宣を蒙り、まず、現在の離宮八幡宮の地に至り、その後朝廷より宣旨を受けた橘良基が当地に六宇の社殿を建立されました。

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本殿へは、ケーブルカーで登ります。山頂駅から程なく歩いてゆくと、有名な八幡鳥居が待ち受け待ています。

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そして、石灯籠に長い参道。

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その先に南総門。

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そして境内へ。
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楼門をもつ拝殿は、荘厳です。
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賽銭箱には、八幡宮お決まりの神紋「三つ巴」紋です。本殿は、残念ながら見ることはできませんでした。
そのかわり、男山からは、京都方面が一望できました。
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京滋旅行~2日目 磐船神社

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2日目最後に参拝したのは、大阪 交野市にある「磐船神社」です。かみさんが、大学OB会の合唱練習に参加するとのことで、高槻まで送り、一人で参拝してきました。こちらは、「天の磐船」(あめのいわふね)とよばれる天野川を跨ぐように横たわる高さ約12メートル・長さ約12メートルの舟形巨岩を御神体としています。ご祭神は、「 饒速日命」。正式名 天照国照彦天火明奇玉神饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)。・・・・私は、本来の天照大神ではないかと思っていますが、物部氏の遠祖神(とおつみおや)と言われています。

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写真のように、ご神体の下に拝殿のみがあります。こちらは、ニニギノミコトよりも先に饒速日命が降臨してきた聖地なのです。行場岩窟をはじめとする巨石群があり、岩窟めぐりができます。
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↑こちらから、入場していきます。
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こんな所通れるのかというほど狭い岩の間を抜けなければいけません。ちょっと太った人には無理です。
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岩を抜けた先に奥宮らしき場所が。天岩戸です。
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不思議な神社でした。

京滋旅行~2日目 貴船の奇跡

高槻より、本日の宿泊地「貴船」へ戻ります。京都市内では気温が8度くらいでしたが、貴船へ近づくにつれ、ドンドン気温は低下、とうとう雪が降りはじめました。確かに貴船はかなりの山奥なのです。気温は0度まで下がっていました。

宿は「ふじや」さん。貴船神社の目の前にあります。 P1030464

下の写真で雪が屋根に積もっている様子がおわかりいただけるでしょう。
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夏は、有名な川床で料理でしょうが、今は季節の旬な山菜での懐石料理を戴きました。かなり美味しかったです。
さて、実はこの宿でまさかの出逢いがありました。朝5時半ごろにお風呂へ。
すぐに一人60代と思われる方が入ってきました。大阪からとのことでしたが、よくよく話してみるとほぼ一回り上の同志社の先輩です。同時代の方々5名で宿泊されているとのこと。
それだけなら、ままあることかもしれません。
その5名は大学時代に同じアパートに住んでいた仲間らしいのですが・・・・
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「私は一乗寺に住んでいました。」
「我々もだよ」
「えっ 私は「西村荘」というアパートでした」
「何!!我々はその西村荘に住んでいた仲間だよ」
こんなことがあるのでしょうか。私が下宿していたアパートの約10-12前に下宿していた同志社の先輩たちだったのです。
そのあと、数名お風呂に入ってこられ、暫く話し込んでしまいました。
嬉しい出逢いでした。
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2014年3月20日 (木)

京滋旅行~1日目 前説

休暇と連休を使って「京滋旅行」に出かけました。元々、夫婦とも大学時代 京都に住んでいたので、京都はお手の物で、よく二人でお寺の庭園めぐり、喫茶店めぐりなどもした。ゆっくり京都へ来るのは久しぶりで大変楽しみです。今回は、当然 神社めぐり中心の旅行です。かみさんは、2日目に 大学合唱団OBの演奏会練習に参加、その間、私は「磐船神社」へ。また、ちょうど「東山 花灯路」も開催されているので楽しみです。まずは、朝5:15 出発。 足柄SAで休憩です。

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ありました。「めちゃいけコーナー」。当然ながらまだ7時前。誰もいませんが、写真だけパチリ。あいにく今日は雨。ゴルフの時は晴れるのに!!
まずは、滋賀の彦根ICでおりて、「多賀大社」「兵主大社」「建部大社」「日吉大社」と「近江神宮」という近江を代表する神社を廻ります。本当は「御上神社」や「白髭神社」なども行きたいのですが、また次回のお楽しみにしたいと思います。(次回あるのだろうか)

京滋旅行~1日目 多賀大社

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「多賀大社」。旧官幣大社です。ご祭神は、伊邪那岐命・伊邪那美命です。『古事記』の一部には「伊邪那岐大神は淡海の多賀に坐すなり」と当社の記載があり、「お伊勢参らばお多賀へ参れ お伊勢お多賀の子でござる」「お伊勢七度熊野へ三度 お多賀さまへは月参り」との俗謡もあるほど、重要なお社です。
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鳥居をくぐると真っ先にあるのは「太閤橋(そり橋)」。渡ることができますが、雨で滑ってしまいそうなので止めておきました。
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ご神門をぬけると、立派な拝殿が飛び込んできます。拝殿に神楽殿をもち、両翼に翼廊があります。ご神紋である「虫くい折れ柏」紋が見当たりません。
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「三つ柏」紋が多くあります。社紋でしょう。お守りにありました。
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ちょっとわかりずらいですね。の字に二枚の柏の葉です。ネットでこの紋のTシャツがあったので掲載します。
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これです。
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本殿は、大社造りらしいのですが、残念ながら屋根の一部しか見る事ができませんでした。

京滋旅行~1日目 兵主大社

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2社目は「兵主大社」です。兵主というかわった名前をもつ神社は、全国に50近くありますが、式内社は、19社そして名神大社は当社と大和国穴師坐兵主神社・壱岐国兵主神社のみです。兵主神とは?当社は八千矛神(やちほこのかみ)(大国主神)を主祭神とし、手名椎神・足名椎神を配祀していますが、この大国主神と素戔嗚命が一番多いみたいですが、,『史記』封禅書に載せる諸神の中に「兵主」という神がみえることなどから,これは日本固有の神ではなく中国の「兵主」に由来する外来神ではないか?という説があります。 兵主神は中国神話で、世界で最初に金属による兵器を製造した戦争の神角力(相撲)好きの半人半獣の怪物で、その名を蚩尤(しゆう)というそうです。また、但馬地方に多くあることから、天日槍命という説も。
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300mほどの参道を過ぎると太鼓橋、朱の両部鳥居が見えてきました。そして、同じく朱の楼門。
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その奥に翼廊をもつ拝殿が。桧皮葺 入母屋造りです。
おもしろいのは、狛犬です。体に多くの包帯が巻かれています。
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尋ねてみると、参拝者が「身体の痛みが治癒するように」と包帯を巻くようです。
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神紋は、お賽銭箱にある「亀甲に鹿角」紋です。社紋は出雲大社でおなじみの「二十亀甲花菱」紋でした。
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本殿は、一間社流造 。手前にちょっとした庭があり、鹿の像と見えにくいですが奥に亀の像がありました。『兵主大明神縁起』によると、「御祭神八千矛の大神亀の背に乗り湖上を 鹿の背に乗り豊積の平野を」渡って来たとの記載があるようで、それを顕しているのでしょう。

京滋旅行~1日目 建部大社

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三社目は「建部大社」です。近江国一の宮にして旧官幣大社です。ご祭神は、日本武尊。そして相殿に天明玉命、権殿に大己貴命を配祀しています。
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参道を抜けると、まず神門。こちらにご神紋である「三本杉紋」の垂れ幕が飾り付けてありました。
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そして、ご神木の三本杉と拝殿。
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拝殿から少し離れてご本殿への参拝場所がありました。こちらにはお賽銭箱に「十六八重菊紋」、屋根部分に「丸に三つ葉葵紋」が。こちらは、社紋でしょうか?そして、右に本殿・左に権殿の本殿があります。
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一間社流造のようです。
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建部大社は、日本で初めて作られた千円札にご本殿が日本武尊とともに印刷されていたそうです。

京滋旅行~1日目 日吉大社

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山王鳥居で有名な日吉大社にやっと参拝することができました。旧官幣大社です。こちらは、本宮が東本宮・西本宮と二つあります。東・・大山咋神、西・・大己貴命 がご祭神です。この他に宇佐宮(田心姫神)牛尾宮(大山咋神荒魂)白山宮(白山姫神)樹下宮(鴨玉依姫神)三宮宮(鴨玉依姫神荒魂)を合わせて上七社(山王七社)と呼びます。
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当然ですが、それぞれに神紋があります。東本宮(双葉葵)西本宮(牡丹)宇佐宮(橘)牛尾宮(くずれ菊)白山宮(杉)樹下宮(十八葉菊)三宮宮(五七の桐)です。
まず、山王鳥居を抜けて歩いてゆくと西本宮へでます。
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立派な西本宮の楼門です。西本宮の大己貴命は、天智天皇七年(668年)大津京遷都の際に、大津京鎮護のため、大和三輪山(大神神社)から勧請したものです。 P1030232
こちらが本殿です。 母屋の正面と両側面に庇(ひさし)(外陣)を付け加えた間取りで,屋根の背面が入母屋造の軒先を切り落としたような形になり,左右の庇がすがる破風になっています。この独特の本殿は「日吉造」と呼ばれています。
東本宮本殿も同じく「日吉造」です。
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境内は下の図のようになっています。
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西本宮から宇佐宮・白山宮を経て、東本宮へ向かいます。上図のように東本宮の左手に、八王子山の登り口がありますが、今回は登りませんでした。 P1030266
東本宮楼門を下ったところに、猿石と呼ばれる霊石がありました。確かにそう見えますね。日吉大社では、お猿さんは神様のお使いで「神猿」と呼ばれ、「魔が去る・何よりも勝る」として縁起の良いものとされてきました。そして、本当の神猿(まさる)も折の中ですが、いました。 日吉大社は、敷地も広大で神域と呼ぶにふさわしい神社でした。

京滋旅行~1日目 近江神宮

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本日最後の参拝は「近江神宮」です。こちらも旧官幣大社。ご祭神は、「天智天皇(天命開別大神)」です。皇紀2600年を記念して同年に相当する1940年(昭和15年)に創祀されました。
一の鳥居の雰囲気ですが、何となく明治神宮入口に似ています。
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参道を過ぎると階上に一際鮮やかな朱の楼門が目に飛び込んできます。
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ご神紋は「山桜に楽浪」紋です。
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楼門をくぐると外拝殿が見えてきます。この奥に内拝殿をもちます。それを繋ぐ回廊。この二重構造は珍しいものです。本殿・祝詞殿・拝殿は棟続きで、「近江造・昭和造」と呼ばれています。
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さらに奥にかすかではありますが、その本殿が見えました。三間社流造とのことです。
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琵琶湖 湖西に建つ実に優雅な面持ちの境内でした。

京滋旅行~1日目 東山 花灯路

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今日の宿泊は、烏丸高辻下 「ホテル日航プリンセス京都」です。部屋も広々で綺麗、翌朝のバイキングも充実。かなり満足度の高いホテルでした。夕方、17時にチェックイン。少し休憩して、タクシーにて東山に出かけました。3/14-23の期間中「東山 花灯路」という、日本情緒豊かな陰影のある約2,500基の露地行灯の「灯り」と,ボリューム感のあるいけばな作品の「花」で東山のまちなみを魅力的に演出するという催しを知りました。
ロームのLED電球を使用した露地行灯による、あたたかみのある灯りの散策路を楽しめました。 まずは、八坂の塔が正面に見える「清水道」の入り口からスタートです。
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まだ少し空は明るいです。雨が降っていましたがそれもまた情緒ですね。
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徐々に暮れていく時間を楽しみながら、折角なので「清水寺」にも行きました。
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山門についたころにはすっかり暮れていました。手前の梅が綺麗です。
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清水の舞台もライトアップされています。中々の風情。
かなり観光客でごった返してきましたが、産寧坂・二念坂を経て「知恩院」へと散策します。
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夜になると、また灯篭が街並みによく合い幻想的です。

人力車と提灯行列がでて「狐の嫁入り」を再現するとのことなので、楽しみにしていました。高台寺と大雲閣の間ですれ違いました。しかし、何とも速足のため、写真はブレブレ↓。 P1030310

ちゃんと白無垢に狐のお面をしていました。
知恩院では、山門で「プロジェクションマッピング」が開催されていました。
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15分ほどのショーを堪能し、祇園から木屋町へ。
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食事は、適当に入った「焼き鳥屋」です。安い!上手い!明日は貴船での懐石料理なので本日はこれで勘弁してもらいました。
かなり、充実した1日目となりました。

2014年3月18日 (火)

春一番のゴルフ

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今日は、会社の先輩ですでにシニア(61歳)で悠々自適のN氏とツーサムでゴルフを楽しみました。天気も良く気温も最高。絶好のゴルフ日和だと思っていました。まさか、午後からあのような悲惨な嵐になろうとは・・・ 前半、ショートパットが決まらず(1m以内3つはずす)ビッグスコアを逃すも、8ホール目まで4オーバーとドライバー、アイアンともに好調。しかし9ホール目あたりから20m級の風が吹き始めます。ハイドローのボールは見事に左の林にOB。結局43のスコア。N氏も44。あまりに早く回りすぎて、1時間35分のプレー。おかげで1時間40分のランチタイム。映画が見れます。食事中、窓の外は、強風。パットのために置いているピンが風で飛ばされている。木々は、幹ごと靡いてるではないか。心配された、後場。案の定二人ともゴルフにならず、私51、N氏50ともに94のスコア。思わぬ低レベルの対決となりました。その上、初めて被った「ハンチング帽」が飛ばされ紛失。驚くことに15m上空に舞い上がり遥か彼方に消えてゆくという光景。帽子に着けていた「鷲神社」のマーカーも一緒に・・さ・よ・な・ら。 散々なゴルフでした。

2014年3月17日 (月)

レーダー探知機

Photo今週末に車で滋賀・京都と旅行に行くので、気休めに「レーダー探知機」=ユピテルのGPS内蔵レーダー探知機 ワンボディ・ソーラータイプ EXPARTNER EXP-V10を買ってみた。

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2014年3月15日 (土)

江戸崎カントリー倶楽部にて

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今日は、江戸崎カントリー倶楽部 本コースである 東コース にてラウンドを楽しみました。6505ヤードとミドルに距離のある本格的林間コースです。先週久しぶりに行った練習の成果か、出だしはドライバーがよく、チップインバーディーも飛び出し絶好調、しかし8番あたりから少しおかしくなる。それでも何とかしのいで前半は42。気分よくお昼休みに入りました。 昼食は軽めのつもりで「チャンポン」にしましたが、意外と量が多く、後半はお腹がキツキツ。選択ミスです。案の定、体が回り切れず、ボールは左へ。前半終盤より悪くなったドライバーが戻りません。しかし今日は大崩れしそうでしない。悪いドライバー・アイアンの時も何とかアプローチとパターで凌ぎ、45でとどめトータル 87 。今年2度目の80台。2月は雪もあり全くプレーをしておらず、いよいよシーズンオンに向け幸先の良い大満足の一日でした。

来週はお休みをいただいており、今日より9連休の始まりです。そのリラックス感がプレーに好影響を与えてくれました。

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2014年3月14日 (金)

凍てつく世界Ⅰ~Ⅳ

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ケン・フォレット著「凍てつく世界Ⅰ~Ⅳ」を読み終える。100年三部作の第二弾です。第一弾「落日の巨人」から3年たってるでしょうか。時代は、第二次世界大戦へと移っていました。

book1933年、ナチスの暗い影がヨーロッパを急速に覆っていた。抵抗活動を続ける両親を持つドイツ人の少女カーラ。ファシズムと戦うべくスペイン内戦への参加を決意したイギリス人の大学生ロイド。ロシア人実業家の娘で新天地を求めてイギリスに渡ったデイジーと、従兄でソヴィエト情報部員のヴォロージャ。アメリカ上院議員の息子ながら政治家への道に複雑な思いを抱くウッディとチャック。動乱のなか、国も身分も異なる若者たちが新時代の幕開けを信じて苦難に立ち向かう!壮大なスケールで描く大河ロマン。 それぞれの家族がそれぞれの国で、厳しい時代を如何にして乗り越えてきたか、また環境が人を如何にして変えてゆくかを読んでいて素直に理解できる。普通の人々にとって忌まわしい時代、その中で人は何を信じ、何にすがって生きてきたかを臨場感たっぷりに教えてくれるバイブルであろう。とても面白かったです。

2014年3月 1日 (土)

1か月ぶりのゴルフ

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1か月ぶりに会社の仲間とゴルフに行きました。千葉の「ミルフィーユゴルフクラブ」。いやー、散々でした。47:49=96。ドライバーは、ある修正点を思い出したおかげで、なかなか良かったのですが、全くアイアンが駄目。スコアになりません。反省しきりです。ミルフィーユは、写真のようにクラブハウスも豪華でホールも変化にとんでおり、距離は短いですが中々おもしろいです。しかしスコアが・・・暖かくなるまで駄目でしょうか。2月は雪と寒さでラウンドしませんでしたが、春からまた頑張りたいと思います。

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