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2014年4月

2014年4月29日 (火)

映画「テルマエ・ロマエⅡ」

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映画「テルマエ・ロマエⅡ」観てきました。当然ながら 程の新鮮さはないものの、大いに笑わせていただきました。映画はこれでいいんだと思います。しかし、さすがGWです。今日は、かみさんが午前は理容院にいってたので14時半の回へ。いつも午前中に行っていたからかもしれませんが、幕張シネプレックス、過去最高の混雑ぶりでした。ネットで席予約しておいて正解でした。

2014年4月27日 (日)

日本橋七福神めぐり

福運を招く「七福神」。日本橋にはこの七福神を祀る神社巡りができます。

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1社目「小網神社」。強運厄除の総本社で約550年前の文正元年(1466年)に鎮座した古社です。ご祭神は稲荷大神の倉稲魂命(うがのみたまのみこと)で、明治期、神仏分離令により廃寺となった寺に安置されていた弁財天福禄寿を譲り受け、配神と合わせて祀るようになりました。像がお舟に乗られているため、万福舟乗弁財天と言われています。そして、福禄寿さまは、健康長寿の御利益とともに、「福徳」「人徳」「財徳」など多くの「徳」を授ける神様です。
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2社目「茶ノ木神社」。もとは下総の佐倉城主の大老・堀田家の屋敷で、ご祭神の倉稲魂命(うがのみたまのみこと)はその守護神です。屋敷はもとより周囲の町方にも、長年火災が起こらなかったため、火伏せの神として崇められている一方、合祀されている布袋尊も福徳円満の神として広く人々の信仰を集めています。
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3社目「松島神社」。江戸時代に当地付近が松島町と名付けられたといい、明治7年には松島稲荷神社として村社に列格していたといいます。ご祭神は、稲荷大神をはじめ13神。その中に、大国主神(だいこくさま)がいらっしゃいます。
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4社目「水天宮」。こちらは、現在敷地を含め大がかりな改修工事中で、明治座(浜町公園前)の近くにある仮宮へ参拝。完成には3年ほどかかるそうです。水天宮は、久留米藩主有馬頼徳公が港区赤羽の藩邸内に久留米市水天宮の御分霊を文政元年(1818)勧請して創建したといいます。藩邸の移動に伴い、青山への遷座を経て、明治5年当地に遷座しました。ご祭神は、天御中主大神です。また、安徳天皇、建礼門院、二位ノ尼も配祀されています。ご参拝の妊婦の方が鈴乃緒(鈴を鳴らす晒しの鈴紐)のおさがりを頂いて腹帯として安産を祈願したところ非常に安産だったことから人づてにこの御利益が広まりました。そして末社のひとつが、中央弁財天です。
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5社目「笠間稲荷神社」。日本三大稲荷のひとつ、茨城県の笠間稲荷神社の東京別社。ご祭神は、もちろん宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。寿老神が末社に祀られるようになったのは、昭和51年(1976年)と比較的最近。長寿、お導き、幸運の神様として、人々の運命をよい方向へ切り拓いてくれるそうです。
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6社目「末廣神社」。もともとはこの地にあった遊郭、葭原(吉原)の氏神で、末廣の名は延宝3年(1675年)に社殿を修復した際、本殿から縁起のよい中啓(末広扇)が出たことにちなむ。お稲荷様とともに合祀されている毘沙門天は、本来は竹甕槌命(たけみかづちのみこと)という武道の神様です。
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7社目「椙森神社(すぎもり)」。社伝によれば平安時代に平将門の乱を鎮定するために、藤原秀郷が戦勝祈願をした所といわれています。室町中期には江戸城の太田道灌が雨乞い祈願のために山城国伏見稲荷の伍社の神を勧請して厚く信仰した神社で、江戸時代には、江戸城下の三森(烏森神社、柳森神社、椙森神社)の一つに数えられ、椙森稲荷と呼ばれていました。特に信仰の厚かった神道家・吉川惟足が恵比寿大神を奉斎しました。
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8社目「寶田恵比寿神社」。もとは江戸城外の宝田村の鎮守で、現在の皇居前にあったが、徳川家康公による江戸城拡張により日本橋本町に移転した。祭壇中央に祀られる恵比寿神像は、慶長11年(1606年)に三伝馬取締役の馬込勘解由が徳川家から譲り受けたもので、運慶作とも左甚五郎作とも。
これにて、8社9神の「日本橋七福神めぐり」は終了。60分から90分程度で巡り事ができます。どうぞご参拝ください。
水天宮では、七福神の色紙もいただくことが出ます。
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順路(←クリック)です。

2014年4月26日 (土)

史記 武帝紀 七

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北方健三著「史記 武帝紀 七巻」読み終えました。最終巻です。

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前漢の中国。老いを自覚する武帝・劉徹は、漠然とした不安を抱いていた。宮中に蔓延る巫蠱の噂。その嫌疑をかけられた皇太子は、謀反の末、自死を遂げる。国内の混乱をよそに、匈奴との最後の戦いが迫っていた。敗北を続ける将軍・李広利は、その命を賭け、敵将の首を執拗に狙う。一方、匈奴に降り右校王となった李陵は、故国への想いを断ち切るかのように最後の戦いに向かう。亡き父の遺志を継ぎ、『太史公書』を書き上げる司馬遷。そして極寒の地に生きる蘇武は、友と永遠の絆を紡ぐ――。北方版『史記 武帝紀』感涙の完結。

武帝はもちろん李陵や蘇武、桑弘羊、司馬遷のそれぞれの「生」の意味と「死」の受け入れ方が明確に描かれていきます。水滸伝に見られる壮絶な漢(おとこ)の生き様ではなく、淡々と自己の身に起きた運命を受け入れ、その中で「どう生き続けていくか」を淡々と考える姿もまた漢(おとこ)の在り様なんだと思わせてくれます。

「岳飛伝」早めの文庫本化を期待しております。

2014 モッコウバラ

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玄関のモッコウバラです。一昨年に、戸井に結び付けていたために、戸井毎倒れるという事件があり大々的に伐採しましたが、またここまで成長してくれました。
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自転車置き場の屋根代わりにもなっています。
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庭では、ベニハナトキワマンサクも咲いてます。
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そして近頃、巨大化している「ホスタ」も葉が徐々に拡がり始めています。
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愈々、我が家の花の季節の到来です。

2014年4月19日 (土)

三都 三部作 塩野七生

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塩野七生の「緋色のヴェネツィア」「銀色のフィレンツェ」「黄金のローマ」という、イタリア三都を舞台にした三部作を読む。
イタリア三都の作品と言えば、塩野氏はすでに書いている。ヴェネツィアは「海の都の物語」、フィレンツェは「わが友マキアヴェッリ」、ローマは「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」の三作品だ。
今回の作品は、三都を巡り、架空の二人が主人公がいて、歴史の場面を通じて事件を通じての物語になっている。しかし、塩野氏のイタリア歴史小説の真の主人公は「都市」そのものという意味では変わらない。
時代は、ルネサンス最盛期を過ぎ、衰退期に入った三都市を描く。
「緋色のヴェネツィア」
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16世紀前半、海の都ヴェネツィアはトルコ、スペイン、神聖ローマ帝国の3強大国に挾撃され国家存亡の危機に瀕していた。国難にあたる若きヴェネツィア貴族と謎のローマの遊女、貴婦人との秘めた愛を胸に野望を抱く元首の庶子…。権謀術数が渦巻く地中海世界を描いた、ルネサンス歴史絵巻第1部。

「銀色のフィレンツェ」
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若きヴェネツィア貴族マルコ・ダンドロは花の都フィレンツェを訪れたが、かつての共和国は今や大国を後楯にする公爵の独裁下にあった。その専制君主をめぐるメディチ家の陰謀に巻き込まれるマルコと遊女オリンピア…。16世紀前半、翳りゆくルネサンス・イタリアを描く絢爛たる歴史絵巻第二部。

「黄金のローマ」
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永遠の都ローマ。古代からの時間と空間が濃密に積み重なり、農穣な想像力の世界へと誘う。その一方で、覇を競う列国の陰謀が交錯する都市でもあった。ルネサンス最後の法王パウロ三世と教会軍総司令官の息子、孫の枢機卿、そして遊女オリンピアの秘密とは…華麗なルネサンス歴史絵巻第三部。

お勧めします。

2014年4月13日 (日)

第28回結婚記念日

本日は、結婚記念日でした。

お昼に月島に出かけ「明太子チーズもんじゃ」を食べ、
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佃島を散策、住吉神社へ参拝し、
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「天安」で佃煮を買い、
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池袋に向い東京芸術劇場にて日本フィルハーモニーのコンサートを聴き(1.ベートーベン;ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Vn)瀬崎明日香・・・美人 2.ドヴォルザーク;交響曲第9番 ニ短調「新世界」)
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夕食は、汐留シティセンター 42Fで夜景を見ながら仏料理と洒落込みました。
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当分、これで良しでしょう。

2014年4月12日 (土)

やっと春ですね

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ヤマブキが咲き始めました。玄関側も庭も。
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一番奥の「ハナズオウ」目立ちませんが満開でした。
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金木犀に邪魔されて少しかわいそう。
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クリスマスローズは、今年も元気でした。

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