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神社(九州)

2009年12月19日 (土)

宮崎の神社

今年、宮崎の有名どころの神社は参拝できた。宮崎の神社の特徴は、当然、天孫族をお祀りする神社が他の地域よりも圧倒的に多いことである。たぶん、これ程、天孫系を祀る県は他にはない。これは、勿論日向神話によるとことが多い。

さて、今年参拝した宮崎県の神社を御祭神ごとに紹介してみよう。
イザナギ・イザナミ・・・江田神社・小戸神社(宮崎市)・くしふる神社・二神神社(高千穂町)・霧島東神社(高原町)

アマテラス・・・天岩戸神社<東本宮>(高千穂町)・大御神社(日向市)・榎原神社(南郷町)・神柱宮(都城市)・加江田神社(清滝町)

ニニギノミコト・・・東霧島神社(高崎町)・霧島岑神社(小林市)

ヒコホホデミ・・・青島神社(宮崎市)・串間神社(串間市)・矢的原神社(宮崎市)

ウガヤフキアエズ・・・鵜戸神宮(日南市)

カムヤマトイワレヒコ・・・宮崎神宮(宮崎市)・皇宮神社(宮崎市)狭野神社(高原町)・駒宮神社(日南市)・立磐神社(日向市)。佐野原神社(宮崎市)・皇子原神社(高原町)

ミケイリノミコト・・・高千穂神社

コノハナヤクヤヒメ・・・都萬神社(西都市)・木花神社(宮崎市)

イワナガヒメ・・・銀鏡神社(西都市)

タマヨリヒメ・・・宮浦神社(日南市)

アヒラツヒメ・・・吾平津神社(日南市)

サルタヒコ・・・荒立神社(高千穂町)野島神社(宮崎市)

ヤマトタケル・・・白鳥神社(えびの市)

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その他

住吉三神・・・住吉神社(宮崎市)・御崎神社(串間市)

応仁天皇・・・宮崎八幡宮(宮崎市)・今山八幡宮(延岡市)

オオナムチ・・・都農神社(都農町)・霞神社(高原町)

スサノオ・・・祇園神社(日南市)

2009年11月22日 (日)

志賀海神社

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雨がそぼ降る福岡へ神社参拝へ出かけた。まず向かったのは志賀島に鎮座する安曇族の社であり海神の総本山とも言うべき「志賀海神社」。ご祭神は、仲津綿津神・底津綿津見神・表津綿津見神のワダツミ三神。志賀海神社では、4月と11月の祭礼(山誉め祭)で、いにしえより以下の神楽歌を歌うらしい。

君が代<だい>は 千代に八千代に さざれいしの いわおとなりてこけのむすまで
あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸<みがい>に命<いのち> 千歳<せんざい>という 花こそ 咲いたる 沖の御津<おんづ>の汐早にはえたらむ釣尾<つるお>にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや

志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで 今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良<いそら>が崎に 鯛釣るおきな

そう。君が代の歌詞。君が代は、古今和歌集からとられたと言われていますが、実は源流はここ筑紫にあるらしい。まず「千代」は、福岡市の中心部に「千代」という地名があり、八千代は博多湾を指し、「さざれ石」は、福岡県西部の糸島郡に「細石(さざれいし)神社」。「苔のむす・・」は、同じ糸島郡の桜谷神社に「苔牟須売神(コケムスメノカミ)」。と・・・

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拝殿は、厳かな雰囲気を醸し出していたい。神紋は「三つ巴」のようだ。志賀島の東の高台にあるため、拝殿の右(東)に遥拝所が設けられていたい。

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たぶん、ここから日の出を拝みつつ、船の無事をいにしえより祈願していたのであろう。

竈門(かまど)神社 下宮

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大宰府の鬼門(北東)、宝満山に鎮座する「竈門神社」を参拝。名神大社にして、旧官幣小社。ちょうど紅葉に色づいて美しかった。ご祭神は、玉依姫。神武天皇の母君だ。そのためか神紋は山桜。しかし「竈門」という名称が引っかかる。竈の神といえば、大年神・奥津彦神・奥津媛神(三宝荒神)。やはり、もとは出雲系ではないだろうか。

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境内は紅葉満開で、何故か心が洗われるようだった。

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2009年11月15日 (日)

宮崎八幡宮

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宮崎の自宅から歩いて5分の場所だが、近すぎて逆に中々参拝できなかった。今日、理容室へ行く前に図らずも参拝。さすが15日だけあって七五三の参拝者が多くいた。勿論、八幡宮なので、ご祭神は、誉田別尊(ほんだわけのみこと:応仁天皇)足仲彦尊(たらしなかつひこのみこと:仲哀天皇)息長帯姫尊(おきながたらしひめのみこと:神功皇后)である。このように、比売大神のかわりに、仲哀天皇を祀っている八幡宮もけっこうあるので覚えておきたい。そして、唯一この神社に祀られているのが「橘大神」である。祝詞の言霊を思い出していただきたい。・・・・筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原にに御禊祓ひ給ひし時に生れ坐る・・・・。ここに登場する「橘」を大神として祀る。ちなみに、小戸に・・・小戸神社、阿波岐原に江田神社。そして、宮崎の橘通りの近くにあるこの八幡宮があり、「橘大神」が祀られているのだ。しかし、その正体は不明らしい。禊に登場する橘で、小戸(小門)から海へ通じることから推察すると、もろもろの禍事・罪・穢れを川(この場合大淀川)から海へ流す「祓戸の神のお一人瀬織津比売神ではないだろうか。

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ご神紋は、八幡宮なので、「三つ巴」だが、ちゃんと一緒に「丸に橘紋」(2つ目の神紋)も配されていた。ちなみに小戸神社も「丸に橘」がご神紋である。

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2009年11月 9日 (月)

櫛田神社

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福岡の「櫛田神社」へ参拝。博多の総鎮守として博多区上川端に鎮座し、地元の人からは「お櫛田さん」と称され親しまれている。博多祇園山笠の神社でもある。

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思っていたより小さな境内であった。しかし、山笠は見事なものだった。

さて、ここで面白いのは、ご神紋である。ご祭神に合わせて3つある。

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中殿に大幡主命(おおはたぬしのみこと)、左殿に天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、右殿に素盞鳴命(すさのおのみこと)、を祀る。 右 五瓜に唐花→素盞嗚 はわかる。しかし、他の二つはどうも合わない。左 山桜→天照大神 は納得がいかない。山桜紋で天照大神を祀る神社はない。社伝によると、757年松阪にあった櫛田神社を勧請したのに始まるとされ、松坂の櫛田神社の祭神の大幡主神が天照大神に仕える一族の神であったことから、天照大神も一緒に勧請されたと伝えられるところからくるらしい。しかし、天照大神を左殿におく主祭神としては、甚だ格違いのような気がする。佐賀の櫛田宮の櫛稲田姫を勧請されたという説があるらしいが、その方がしっくりする。北陸には、櫛田神社の名で、素盞嗚・クシナダヒメを祀る神社がいくつかある。なにより主殿の神紋が、三つ亀甲に五三桐 という出雲系の神紋だというのも大幡主神に?だ。伊勢には、天櫛玉命という神=伊勢津彦という神がいたが、こちらかもしれない(私見)。また、スサノオ・クシナダヒメを配祀していることからみると櫛甕玉饒速日尊が主祭神なのかも・・・・(私見)しかし実におもしろい。

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2009年11月 7日 (土)

榎原神社(よわら)

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今日は、ひたすら南を目指し、まずは榎原神社へ。ご祭神は、天照大神。鳥居は珍しく「両部鳥居」である。・・・(明神鳥居の足元に、前後合計4本の控柱をもつ)また、楼門(上の写真奥:木造二階建て、高さは約11メートル、横幅約7メートル、奥行きは約4メートル)と鐘楼(下の写真)を境内にもつ実に絢爛な神社であった。

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さほど広くない境内ではあるが、朱色の拝殿・本殿は実に美しい。ご神紋は、八重菊ではなく飫肥藩伊藤家の表家紋「九曜紋」と裏家紋「庵木瓜」の両方を惜しげもなくを配していた。それも珍しいことだ。かなりのパトロンであったのだろう。

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さて、ここからは、串間神社を参拝した後、都井岬をめざす。

都井岬と御崎神社

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宮崎 最南端「都井岬」。ここは野生の馬で有名。そして、絶壁に祀られる「御崎神社」がある。ご祭神は「住吉三神」。

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美しい海の側の断崖絶壁にその祠はある。(写真をクリックして拡大してご覧ください)

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ソテツの間から見える青い海に感激。(これが冬の海とは、さすが南国!!)

2009年10月26日 (月)

韓国宇豆峯神社

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カーナビのない車で、なおかつ地図もなし、パソコンで見たマップを記憶をたよりに捜すがなかなか見つからない。とにかく韓国岳の方向だということと、鳥居をたよりに20分うろうろ。ありました。ご祭神は「五十猛命」。式内社でたぶん五十猛をお祀りする最南端の神社のはずだ。
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ちょっと寂れた感じが悲しい。子供たちがおにごっこをして遊んでいたのがすくいだ。豊前から辛島氏すなわち新羅系の人たちが祀ったものであろう。ご神紋は「五七の桐」のようだ。
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2009年10月25日 (日)

新田神社

朝6時に、温泉でくつろぎ、久しぶりのごはん・みそしるの朝飯を頂き、7時半にホテルを後にした。向かうは、川内市にある旧国幣中社にして現・別表神社「新田神社」。薩摩の国一之宮だ。先月参拝した、枚聞神社と薩摩の国には一之宮が二つある。004

ご祭神は、天津彦彦火瓊瓊杵尊。神紋は十六八重菊。しかし、以前は八幡宮であったらしい。新田神社は、神亀山という小さな山の上に鎮座している。そして、神社の奥には「可愛山稜(エノ)」という、ニニギノミコトの御陵がある。社殿までは、思ったよりも多くの階段を登っていかなくてはいけない。しんど・・・

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枚聞神社と同様の拝殿の前に勅使殿のある鹿児島地方独特の建築様式で、社殿全体は、左右の末社が回廊で結ばれており、中央は、勅使殿ー舞殿ー拝殿ー本殿と並んでいるのだ。さながら「山」の形となっているようだ。左は、武内神社、右は四所宮。四所宮には、彦火火出見命 玉依姫命 彦波瀲武鵜鵜草葺不合尊 豐玉姫命が祀られている。勅使殿の彫刻は見事なものであった。

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さて上の写真が「可愛山陵」である。神社の社務所前を通り、50mほど裏手を歩くと到着する。そばには樟の大樹が聳えている。勿論、宮内庁管理です。

これで、九州の一之宮はあらかた参拝することができた。<残りは、肥前の與止日女(よどひめ)神社、そして行く機会のないであろう壱岐対馬の2神社>

神柱宮

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宮崎への帰路、途中に都城に鎮座する別表神社「神柱宮」に立ち寄り参拝。大鳥居は、25mの高さを持ち、現在第6位の高さを誇る。ご祭神は、伊勢神宮内宮・外宮と同じく天照皇大神と豊受姫大神であり、島津荘(しまずのしょう)の開拓のために大宰府より移住した平季基が、万寿3年(1026年)、天照大神の神託を受けて伊勢神宮より勧請したのに始まると伝えられる。神紋は、「五七の桐」のようだ。いたるところに配されていた。

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*雑学~大鳥居高さランキング

1、熊野本宮大社(大斎原) 33.9M

2、大神神社           32.2M

3、弥彦神社          30.16M

4、最上稲荷          27.5M

5、鹿嶋神社(兵庫;高砂)  26M

6、靖国神社・神柱宮     25M

8、古峯神社          24.622M

9、平安神宮・豊国神社    24.2M

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