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神社(近畿)

2014年3月22日 (土)

京滋旅行~3日目 貴船神社

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早朝、まずは本宮を通り過ぎ貴船川沿いにせせらぎを聞きながら上がっていきます。中宮(結社ゆいのやしろ)・奥宮を目指します。300mほどで「結社」に到着。
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結社(ゆいのやしろ)は、磐長姫命(いわながひめみこと)を祀っています。古来より、縁結びの神として信仰を集めていると書かれています。これには、疑問があります。

磐長姫命は大山祇神(おおやまつみ)の娘で、木花開耶姫(このはなさくやひめ)の姉。 コノハナノサクヤビメとともに天孫瓊々杵尊(ににぎ)の元に嫁ぐが、イワナガヒメは醜かったことから父の元に送り返された姫です。縁結びとはほど遠いですからね。 P1030489

社殿の右わきには「天の磐船」とよばれる自然石があります。朝の静けさと気温の低さもあって、凛とした空気が心地よいです。和泉式部が参拝した時の和歌が石碑として置かれています。
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「ものおもへば 沢の蛍も わが身より あくがれいづる 魂かとぞみる」 :::恋に悩んでいたら、沢に飛ぶ蛍も私の体から抜け出した魂ではないかと見えます::: それに対して貴船明神が返したと伝えられる短歌があります。 「おく山に たぎりて落つる 滝つ瀬の 玉ちるばかり ものな思ひそ」 :::奥山にたぎり落ちる滝の水玉が飛び散るように、(魂が飛び散ってしまうほど)思い悩んではいけません::: いずれも、後拾遺和歌集に収録されています。 さて、さらに400m先に奥宮があります。
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昨夜の雪を被った枝がきらきら光り幻想的です。P1030502
鳥居を抜け暫く大きな杉並木の参道を歩きます。
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奥宮到着。まだ、灯篭に灯りが入っています。以前はこちらが本宮だったようです。
ご祭神は、闇龗神(くらおかみのかみ)。本宮の高龗神と同じ神であるとされています。
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静謐な境内を一人歩いてゆきます。
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本殿(一間社流造)の脇に「権地」があります。「権地」とは、社殿の新築・改築・遷座などで社殿の工事を行う際に、仮の社殿を建てる場所のことをいうそうです。そして、この下には「竜穴」があると伝えられています。  文久年間(1861~63年)、本殿工事の際に大工が誤ってノミを本殿下の竜穴に落としたところ、にわかに天候が変わって突風が起こり、ノミを空中へ吹き上げ、怒った竜が現れ、その大工は落命したという話もあります。そんな伝説も遺されているほど、「穢したりしてはいけない神聖な場所」だと考えられていたのでしょう。 P1030519
暫く、誰もいない境内で、山の空気を吸い込み、静かに過ごしました。
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貴船川を下り、本宮まで戻ります。
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ご祭神は、先ほど記述しましたが、水の神様である「高龗神(たかおかみ)」です。 全国に約450社ある貴船神社の総本社。式内社(名神大社)にして二十二社(下八社)の一社。旧社格は官幣中社です。
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参道の階段には、両脇に朱の灯篭が続きます。この写真が撮りたかった!!
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拝殿には、灯りがつけられていました。厳かです。
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本殿は、三間社流造。
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神紋は「双葉葵」紋。
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境内には、白馬・黒馬の神馬像がありました。当社は水の神を祀る神社ですが、祈雨八十五座の一として、祈雨に黒馬、祈晴に白馬を奉納されたそうです。昔は馬が貴重だったので、いつしか馬の絵を奉納するようになったらしく、そもそも絵馬発祥の地だといわれています。
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京都の奥座敷「貴船」の静けさと「貴船神社」の神気を十分に堪能しました。
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そして最後に、旅館の中居さんに写真を撮ってもらいました。

京滋旅行~3日目 賀茂御祖神社

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本日、2社目は山城国一の宮「賀茂御祖神社」別名「下鴨神社」です。北区にある 賀茂別雷神社 を上社と称し、当社・賀茂御祖神社を下社と称します。ご祭神は、賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、玉依姫命の父の賀茂建角身命。故に「御祖神社」なんですね。 P1030548
。式内社(名神大社)にして、二十二社(上七社)の一社。旧社格は官幣大社です。こちらには、巨大な楼門があります。
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本殿は、改修中にて観る事ができませんでした。東西二つの本殿をもち、西が賀茂建角身命、東が玉依姫をお祀りしています。共に国宝です。
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本殿の前には、七つの社に十二支を守る神様が祀られています(言社)。もちろん、私は子をかみさんは牛の社を拝みました。
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ご神紋は、いわずと知れた「加茂葵」紋です。

京滋旅行~3日目 晴明神社

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本日3社目は、「晴明神社」です。鳥居の扁額にはご神紋の「安倍晴明判」の五芒星が。
もちろん、ご祭神は「安陪晴明」です。一条戻橋のたもと(北西)にあった晴明の屋敷跡に鎮座しています。その一条戻橋もこちらに。先代の橋で使われていた欄干の親柱を境内に移し、昔の風情をそのままに「一條戻橋」を再現しています。 P1030566
源頼光の四天王の一人、渡辺綱が 鬼女の腕を切り落とした場所ですから、橋の脇には、「鬼女」がいますね。 晴明公が念力により湧出させたという井戸がこの晴明井です。P1030571
病気平癒の信仰があり、湧き出す水は現在でも飲んで頂いていいそうです。 P1030579
拝殿の随所に五芒星があしらわれていました。 そして、縁起が良いとされる厄除けの桃の像もあります。 最近は、人気のパワースポットですから多くの参拝客が訪れていました。P1030580

京滋旅行~3日目 北野天満宮

京滋旅行 最後の参拝は「北野天満宮」です。言わずと知れた菅原道真公をお祀りする神社です。北野天満宮は、当然梅で有名。この日も大勢の参拝客です。

P1030586 相殿東座には中将殿(道真嫡男)と相殿西座には吉祥女(道真妻)を配祀しています。 P1030593
梅は、真っ盛りで境内いたるところで咲いていました。
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参道を進むと、天満宮の扁額が架かった楼門があります。
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そして、ご本殿です。権現造です。
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ご神紋は、おなじみの「星梅鉢」紋(提灯上の屋根のマーク)と、もう一つ「荒枝付き三階松」紋という変わった紋が使われています。
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十分に梅を堪能してきました。
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2014年3月21日 (金)

京滋旅行~2日目 木嶋坐天照御魂神社

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2日目最初に訪れたのは、「木嶋坐天照御魂神社」。知る人ぞ知る(まあほとんど知らないですね)式内社です。ここが何故、神社通に有名なのかというと<鳥居>です。
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「三柱鳥居(みはしら)」といいます。本殿左側にある「元糺の池(もとただすのいけ)」の中に建てられていました。これが撮りたかった。
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境内は、小さいながらも凛とした雰囲気があります。ご祭神は、天御中主命・大国魂神・穂々出見命・鵜茅葺不合命の四神です。たぶん元はその名の通り「天照御魂神」を祀っていたのでしょう。ただ、「天照御魂神」とは誰か? 諸説あるようです。ここが神社研究の発端の一つ。 P1030330
神紋は「加茂葵」紋のようです。本殿東側に織物の始祖(秦氏)を祀る蚕養(こがい)神社があることから蚕の社(かいこのやしろ)の通称が広く知られています。
上・下の賀茂神社と同様「葵」紋は秦氏の紋でした。

京滋旅行~2日目 松尾大社

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3社目は「松尾大社」です。こちらも、式内社(名神大社)、二十二社(上七社)の一社で、旧官幣大社。ご祭神は、渡来人の秦氏が山城国一帯に居住し、松尾山の神(大山咋神)を氏神としたことから、大山咋神(おおやまくいのみこと)です。
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参道を抜けると、風格ある楼門が見えてきます。
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ご神紋は、秦氏由来の「二重葵」紋です。
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本殿は、「松尾造」といわれる独特の社殿です。
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両流造で、曲線を持った美しい屋根が、前後両方向に同じように長く伸びているものです。前の方だけが後ろの方より特に長い場合は、流造りと呼び、全国神社の本殿に一番多い形式ですが、この前後に同形で長く伸びた両流造りはごく少なく、他では厳島神社(広島県)と宗像大社(福岡県)に伝えられているぐらいで、それ故「松尾造」の別名があります。桁行(けたゆき)三間(正面の柱が三つ)、梁間(はりま)四間(側面の柱が四つ)、一重(一階建)、檜皮葺(ひわだぶき)です。<三間社両流造>
こちらでは、絵馬の代わりに「しゃもじ」が使われるそうで、境内のいたるところに「しゃもじ」がありました。調べると願い事が「すくわれる」という意味だそうです。納得。

京滋旅行~2日目 月読神社

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松尾大社摂社「月読神社」です。松尾大社の南に位置し、顕宗三年(四八七)阿閉臣事代によって、壱岐から勧請されました。ご祭神は、もちろん「月読命」。月読神社が京都へもたらされるにあたって は渡来系氏族、なかでも山城国と深く関係す る秦氏が関わった可能性が強く、古代京都の 神祇信仰やまた渡来文化を考える上で重要な 意味をもつ神社であるといえます。延喜式では名神大社の一つに数 えられる式内社でもあります。
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本殿にも鳥居と同じく「月読大神」の扁額があります。
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一間社流造です。
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末社には珍しく「聖徳太子社」がありました。

京滋旅行~2日目 車折神社

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古代史研究のための神社探訪とは、あまり関係ない神社ですが、話のタネに参拝しました。
ご祭神は、清原頼業(きよはらのよりなり)公。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者です。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された人物です。社名の「車折」については、ある人が牛車に乗ったまま社前を通った所、突然車が裂けてしまったためとも、後嵯峨天皇の大堰川遊幸の際、社前で突然車が前に進まなくなったので、不思議に思って社の者に問うた所、頼業公を祀ると答えがあったので、還御の後に「車折大明神」の神号と正一位の神階を贈ったためともいう。 P1030391
こちらが有名なのは「芸能神社」が境内社にあり、ここを多くの芸能人が参拝し玉垣を納めているからです。
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想像以上に多くの玉垣が所狭しとあります。
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男気の面々もありました。
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車折神社の神紋は「丸に一」紋と桜紋のようです。

京滋旅行~2日目 石清水八幡宮

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石清水八幡宮です。京都の南 八幡市に位置します。清和天皇貞観元年(859)、南都大安寺の僧行基が、「吾、王城近き石清水男山の峯に移座して国家を鎮護せん」という豊前宇佐八幡の託宣を蒙り、まず、現在の離宮八幡宮の地に至り、その後朝廷より宣旨を受けた橘良基が当地に六宇の社殿を建立されました。

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本殿へは、ケーブルカーで登ります。山頂駅から程なく歩いてゆくと、有名な八幡鳥居が待ち受け待ています。

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そして、石灯籠に長い参道。

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その先に南総門。

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そして境内へ。
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楼門をもつ拝殿は、荘厳です。
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賽銭箱には、八幡宮お決まりの神紋「三つ巴」紋です。本殿は、残念ながら見ることはできませんでした。
そのかわり、男山からは、京都方面が一望できました。
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京滋旅行~2日目 磐船神社

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2日目最後に参拝したのは、大阪 交野市にある「磐船神社」です。かみさんが、大学OB会の合唱練習に参加するとのことで、高槻まで送り、一人で参拝してきました。こちらは、「天の磐船」(あめのいわふね)とよばれる天野川を跨ぐように横たわる高さ約12メートル・長さ約12メートルの舟形巨岩を御神体としています。ご祭神は、「 饒速日命」。正式名 天照国照彦天火明奇玉神饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやひのみこと)。・・・・私は、本来の天照大神ではないかと思っていますが、物部氏の遠祖神(とおつみおや)と言われています。

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写真のように、ご神体の下に拝殿のみがあります。こちらは、ニニギノミコトよりも先に饒速日命が降臨してきた聖地なのです。行場岩窟をはじめとする巨石群があり、岩窟めぐりができます。
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↑こちらから、入場していきます。
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こんな所通れるのかというほど狭い岩の間を抜けなければいけません。ちょっと太った人には無理です。
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岩を抜けた先に奥宮らしき場所が。天岩戸です。
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不思議な神社でした。

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