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旅行・地域

2014年5月 4日 (日)

鶴岡市街

3日目。まず鶴岡市街にある洋館を訪ねました。昨年の弘前同様に、鶴岡には、明治大正時代の洋館がたくさん残っているそうです。時間の関係もあり、その中から3か所訪ねました。

まずは、「到道博物館」。元々は庄内藩主酒井氏の御用屋敷だったものを博物館としたとのこと。
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2か所目は、「大寶館」。大正天皇の即位を記念して建てられた、オランダバロック風の窓とルネッサンス風のドームをあわせ持つ、完成度の高い擬洋風建築でした。 P1030935
3つ目は「鶴岡カトリック教会」。赤い塔屋がひときわ目を引く白亜の殿堂で、明治36年に建てられたものでロマネスク様式教会建築の傑作として国の重要文化財に指定されています。
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この日の青空の綺麗さに実は一番びっくり。

出羽三山神社(1)

「桜を観に行こう」で始まった今回のもう一つの目玉「出羽三山神社」を目指します。

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約10km手前に大鳥居があります。
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麓に「随神門」があり、ここから有名な「五重塔」まで15分、かみさんも歩きますが、下りの時間短縮とかみさんの「パス」の一声で、かみさんは上の駐車場まで車で向かい境内で合流することに。
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「隋神門】が見えてきました。ここから一旦下ります。
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暫く歩くと神橋と祓川・須賀の滝が見えてきました。神聖なる山上と俗世を分ける境界です。
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そして、「爺杉」。その向こうに「五重塔」が・・・
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杉の間から、その壮麗な姿を望むことができます。
そして正面に。
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とにかく感動!!ちょうど山伏姿の団体案内の方に出くわしました。
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横からも写真を撮りましたが、五重塔よりも高い杉に囲まれている姿が圧巻です。
ここで、かみさんと一旦お別れ。2446段の階段を1時間かけて境内を目指します。
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早速、朝日に包まれた杉並木の階段が待ち受けます。
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急な階段が3か所。ときより緩やかな坂にホッと一息。
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中腹には、休憩ができるお茶屋もあります。
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日頃のゴルフで鍛えているが流石に足が重い。
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最後の難所「三の坂」。あと少し・・・
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見えてきました。山頂下鳥居。
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到着。かみさんと言えば、のんびりと駐車場横の喫茶で「コーヒーにアイスクリーム」で寛いでいました。

上杉家廟所

南陽市から30分、最後の訪問地「米沢」へ。まずは、「上杉家廟所」へ向かいます。

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上杉家家紋「竹に雀」紋の幕をくぐって廟所へ。
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参道を進むと「龍」と「毘」の旗印が見えます。
正面が、謙信公の廟です。
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向かって左に2代景勝、4代綱勝、6代吉憲、8代宗房、10代治憲、12代斉定の祠堂が並び、中央より向かって右に、3代定勝、5代綱憲、7代宗憲、9代重定、11代治広の祠堂があります。
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廟屋は、上杉景勝公から8代藩主・上杉宗房公までが入母屋造り、9代藩主・上杉重定公(藩政を立て直した名君・上杉鷹山公の義父)から12代藩主・上杉斉定公までが宝形造りと時代により建て方に変化があるようです。 P1040035
樹齢400年を越す老杉に囲まれ、厳粛な空気に満たされている御廟所でした。

上杉神社

2泊3日最後の訪問地は、旧別格官幣社「上杉神社」です。明治9年、上杉謙信公、上杉鷹山公を祭神として、米沢城本丸跡に建立されました。

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境内には、謙信公、景勝公と直江兼続、鷹山公の銅像があります。

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本殿は、流造。神紋はもちろん「竹に雀」紋でした。

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これにて、2014GWの「秋田・山形 桜を観に行こう&神社参拝の旅行」終了です。

福島駅でレンタカーを乗り捨て、ツバメにて東京駅へ。

満喫の3日間でした。

2014年5月 3日 (土)

八郎潟 菜の花・桜ロード/寒風山

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約14kmにわたって菜の花と桜が咲くフラワーロードは、大潟村の春の風物詩。

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ここも是非訪れたかった場所です。満開は過ぎていましたが菜の花とのマッチングは最高です。何度も車を止めて、その美しさを堪能しました。

そして、太平洋と八郎潟を一望できる寒風山へ向かいます。

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山の頂上はこんな感じ。

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こちらで雄大なパノラマ絶景を満喫。(パノラマ・・クリックして見てね)

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目指すは、男鹿半島の突端「入道崎」です。

入道崎とゴジラ岩

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秋田県男鹿市、男鹿半島北西端に位置し、日本海に突出する岬です。

こちらは北緯40度線上にあることから、それを印したモニュメントが配置されています。 P1030864
正面が真北です。左右が北緯40度。
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今日は天気も良く海も穏やか。北国の海とは思えないほどです。
ここから、男鹿半島を南に下り「ゴジラ岩」を目指します。
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ありました「ゴジラ岩」。海岸にある駐車場(満潮時はアウトかも)に車を止め、ゴツゴツした岩場を歩くと確かにゴジラに似た岩が。
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男鹿半島 西海岸は、様々な地形をもつ海岸でかなりお勧めのドライブコースです。

鳥海山ブルーライン

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男鹿半島を後にして、一気に山形県へ南下してゆきます。目指すは「鳥海山」ブルーライン。
ところがです。恐るべし「鳥海山」。標高2236m、出羽富士といわれた名山。
晴れていれば、↓こんな感じなのでしょう。(写真はネットからの借り物です)
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しかし、今日は天気が悪く何も見えない。そしてブルーラインを登っていくと霧が発生。徐々に視野が・・・。最初は「10M先が見えない」といっていたのが、そのうち2台前を走るが消え、5m先の視野に・・・・そしてとうとう1台前の車すら見えなくなる始末。。。。ドライブウェーの頂上付近は、3mの雪の壁。
ちょうど、かみさんが運転していたのですが、久しぶりに恐怖の連続でした。寒い中、窓を開けて、左の白線をたよりに誘導。。。ノロノロ運転でなんとか切り抜けた(霧ぬけた)ドライブでした。というわけで、当然、写真は0枚。

石原莞爾将軍墓所お参り

鳥海山ブルーラインを南に下った場所は「遊佐町」吹浦地区です。こちらに、「石原莞爾将軍」の墓所があるので、お参りさせていただきました。

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石原莞爾将軍は、「世界最終戦論」など軍事思想家としても知られ、「帝国陸軍の異端児」の渾名をもち関東軍作戦参謀として、板垣征四郎らとともに柳条湖事件を起し満州事変を成功させた首謀者です。しかし、彼は尊敬に値する人物だと私は思います。
P1030909 東条英機首相と反目した生涯を貫いていた石原1人のために、極東軍事裁判は、わざわざ酒田(山形県)臨時法廷を開いている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 酒田臨時法廷に先立って担当の裁判官が西山農場に石原氏を訪ねてきている。満州事変の立て役者だったから石原訊問は欠かせない。石原自身も自ら戦争犯罪人の名乗りをあげていた。 米軍将校の取り調べで「戦犯の中で誰が第一級だと思うか」と聞かれた。確執があった東条首相をあげるか、戦犯の名乗りをあげている自分が第一級と言う回答を期待していた。ところが石原氏は臆することなく「それはトルーマンだ」と言い放つ。 度肝を抜かれた米軍将校に対して「国際法で非戦闘員は爆撃してならないとしているのに、トルーマンは一般住居を爆撃し、長崎、広島に原爆を落とした。トルーマンこそ第一級の戦争犯罪人である」と言った。 何とか東条首相を第一級の戦争犯罪人と言わせたい米軍将校は「あなたは東条と意見が対立していたというのは本当か」と質問を変える。石原氏は「そんなことはない」と即座に否定して「東条には思想もなければ意見もない。私にはそれが若干ながらある。思想もなければ、意見もない者と対立できる筈がない」と言って横を向いた。 ソ連将校もきた。「石原氏の天皇に対する崇拝の念は”信仰”なのか」と質問している。「お前はスターリンを神のごとく信仰しているくせに、他人の信仰をさげすむ下司野郎だ。トットと帰れ」と怒鳴ってソッポを向いてしまった。こんな男を戦争犯罪人に指名したら極東軍事裁判はかき回されるという声が連合国の中に生まれている。「触らぬ神に祟りなし」というのが、石原莞爾将軍が戦犯にならなかった理由ではないか。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そんな石原将軍の墓所をお参りできて感激でした。

鳥海山大物忌神社(吹浦)

出羽国一の宮は「大物忌神社」です。鳥海山頂の本社と、麓の吹浦と蕨岡の2か所の口之宮(里宮)がありますが、今回は、吹浦地区にある大物忌神社を参拝させていただきました。

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ご祭神は「大物忌大神」=倉稲魂命。ここ吹浦では、月読命も祀られています。 P1030895

拝殿は、極めて質素。「大物忌」とは不浄を嫌うという意味で、強い浄化力があるそうです。 ご神紋は「鳥海ふすま」という独特の紋でした。 P1030905

本殿は、右に大物忌神、左に月読神をお祀るする両所式本殿で、拝殿と打って変わって朱の美しい流造でした。

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これにて、54社目の一の宮参拝となりました。

酒田

本日、最後の訪問地は「酒田」です。こちらでは「山居倉庫」と「土門拳写真記念館」を訪ねました。「山居倉庫」は、市街の南部、新井田川の河口近くにある庄内米の貯蔵庫で、その歴史は藩政時代に遡ります。現在の倉庫は1893(明治26)年に建てられたもので、土蔵造12棟が並び、倉庫前の船寄や裏手のケヤキ並木と相まって往時を偲ばせます。北前船の頃は大いに賑わっていたのでしょう。こちらでは大商人「本間家」も有名。日本一の大地主としても知られており、『本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に』と呼ばれるほどの財力を誇ったようです。

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「土門拳写真記念館」は、酒田市出身の世界的写真家土門拳氏から代表作「古寺巡礼」など全作品7万点を寄贈されたのを受けて開設した、日本で初めての個人写真美術館です。写真なので少し馬鹿にしていましたが、大間違いでした。一級の芸術品です。 P1030920

記念館の中は撮影禁止なので、館の庭をパチリ。まだ桜が綺麗に咲いていました。

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