モーツァルトの音符たち
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今夜は久しぶりにゆっくりと音楽を聴いている。飲みに出かけた日は勿論、最近は、早く帰ってもWBCの野球に興奮したりで、ゆったりと時を過ごす日がない。今夜は、バッハで・・・
まずは、2台のチェンバロのための協奏曲第3番 ハ短調 BWV.1062 。ヴァイオリンが元だが、チェンバロが今日は良い。
そして今はトン・コープマンによる「フーガの技法」を聴いている。チェンバロの音は最高に心地よい。そういえば、朝 5時45分の目覚ましは、ハイドンの「チェンバロ協奏曲」にしている。
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まだ、暑いが秋の気配は朝晩に感じられるようになってきました。
秋の日のヴィオロンのためいきの・・ベルレーヌの詩ではないが、そんな夜に、ヴァイオリンソナタを聴く。第58弾は「ヴァイオリン・ソナタ第42番 イ長調 k526」から第二楽章アンダンテ(ちなみにこの楽章はニ長調)。
赤ワインでも飲みながらと言いたいところだが、カフェゼリーを食べながらだ。そう家では一滴も酒を口にしないからしょうがない。8分音符の独特な第一主題は繰り返し奏され、バロックのシャコンヌ的な雰囲気を醸し出している。第二主題はイ短調で幽玄的な印象です。
それでは、聴いてください。mozart_42_k.526 - ii. Andante(Grumiaux) (クリック)
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第57弾は、「ホルン五重奏曲 変ホ長調 K.407」。楽器編成は、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ2、チェロ。弦楽五重奏曲の第一ヴァイオリンがホルンに置き換わった形式だ。ヴィオラ2本にしていることで、ホルンを際だ出せようとの意志が感じられます。この曲も、ホルン協奏曲同様、ロイドケープの為に作曲されました。第一楽章は全体に明るく陽気なメロディーラインです。第二楽章の牧歌的なのどかさが心にしみわたります。アインシュタインは「ホルンと第1ヴァイオリンのあいだの小さな愛の対話」と表現しています。納得。第三楽章の一生懸命な16分音符のホルンにも注目です。
それではお聴きください。mozart_k.407 (クリック)
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今日は、朝から洗濯を済ませ、8時半には床屋に。ところが突然のスコール。洗濯は一からやり直し。がくっ!!それにしても暑い日が続く。
さて第56弾は、「グラスハーモニカのためのアダージョとロンド K617」。残念ながら、ピアノでの音しかもっていないが、晩年の名曲には違いない。グラス・ハーモニカ(ピアノ代用)、フルート、オーボエ、ヴィオラ、チェロの5声で成り立っており五重奏曲の部類にはいるのだろうか。アダージョ(ハ短調)は、K488の第2楽章のように、人生の終わりを感じさせる悲しい音使いで始まる。でも美しいと感じさせる。 「アマデウス死の調性」ともいうべきハ短調の為せる技であろうか。でもロンド(ハ長調)へ移ると一瞬にして、その悲しさから解き放される。少年時代の陽気さと無邪気さいっぱいのメロディー。一度聴いたら忘れられない曲だ。
それでは、お聴きください。mozart_k617(クリック)
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休みだというのに早く目が醒める。齢の証拠だ。
今日はGOLFだが、10時過ぎのスタートなので、朝はゆっくりできる。
しかし、今日の暑さは・・・尋常でない闘いになりそうだ。
気分を落ちつけるために、ハイドン 「弦楽四重奏曲 第78番 変ロ長調(Op.76-4)'日の出' 」を聴こう。
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金曜日であるが、早くの帰還。今夜は、アマデウス・ナイトでいこう。
第55弾は、「二つのヴァイオリンのためのコンチェルトーネ ハ長調 K.190(186e)」。この曲は2つのヴァイオリンの他にオーボエとチェロも独奏楽器として使われており、特にオーボエが魅力的である。{二つのヴァイオリンとオーボエとチェロのための・・}でもいいかもしれない。2・3楽章は、チェロ協奏曲のような場面も。コンチェルトーネとは「大協奏曲」という意味であるが、「協奏交響曲」とは別に、協奏曲と交響曲の中間的なジャンルで、北イタリアからオーストリアにかけての地域で愛好されていたという。
| 第1楽章 | Allegro spiritoso | ハ長調 | |
|---|---|---|---|
| 第2楽章 | Andantino grazioso | ヘ長調 | |
| 第3楽章 | Tempo di menuetto, Vivace | ハ長調 |
[ 編成 ] 2 violins, 2 violas, violoncello, bass, 2 oboes, 2 horns, 2 trumpets
アマデウス・ナイト1曲目としては、軽快にしてさわやかな曲調で最高ではないだろうか。2曲目は、この流れだと、K364になりそうです。
このK190は、やはり隠れた名曲だと思う。
それでは、第2楽章をお聴きください。
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第54弾は、「ピアノ協奏曲第9番 変ホ長調 K271 ジュノム」。フランスの謎のピアニスト ジュノム嬢がザルツブルクを訪れた際に、献呈された曲である。最近では、ジュノムは存在せず全く別のジュナミ嬢に捧げられたと謂われている。
さてこの曲は、いきなりオーケストラとピアノの掛け合いから始まる。そして、なぐさめなき変ホ長調とその平行調である死と悲劇の調性 ハ短調によって構成されている。
第一楽章(アレグロ)は、優雅で飛び跳ねそうな音の中に、時折見せるピアノの優しさがなんとも言えず心地よい。
第二楽章(アンダンティーノ)は、冒頭の弦楽器だけで泣けてしまいます。そしてピアノが始まると思わず胸が詰まるのです。ただ美しいだけでなく、切なく哀しいメロディ。
第三楽章(プレスト)は、魅力の固まり。フランス風のロンドの間に、優しく美しのメニュエットが挟まれています。ピアノは流れるようなテンポで冒頭34小節まで一人で一気に駆け続けます。そして管楽器がそのスピードを引き継ぎます。そしてメニュエットで全く違った世界を演出し、またロンドへ。まるで遊園地で遊んでいる楽しさです。
それではお聴きください。mozart_09_k.271 (クリック)
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随分と間が空いてしまった。さて第53弾は「ヴァイオリンソナタ 第41番 変ホ長調 K.481」。第一楽章に、かのジュピター音型をもつ曲だ。その旋律は軽やかで、梅雨の晴れ間の日差しが見える今日にぴったりだ。そして第二楽章(変イ長調)のアダージョには、まいりました。美しくも悲しい旋律。ヘ短調への転調。出だしは、何気ない子守唄のように始まる。その優しいメロディーは、突如ある決意を込めて青空へ飛び出そうとする。そこに天上からの音が降り注ぐ・・・
それでは聴いてください。mozart_41_k.481(クリック)
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雨の日の今日は シューベルト 「アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D821」を聴こう。しっとりと。
アルペジオーネというギターに似た楽器が19世紀中期頃にわずかだけ存在していた。またの名を、<ギターレ・ダムール><ギターレ・ヴィオロンチェロ>という。今は、忘れ去られた楽器だ。シューベルトのこの曲名でしか知ることができない。
勿論現代は、主にチェロ、そしてヴィオラにて演奏される。
シューベルトらしい憂いと翳りがにじみ出てくる曲だ。チェロに寄り添うピアノがまた切ない。それでは聴いてください。演奏は、マイスキー&アルゲリッチです。
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モーツァルトとクラリネットと言えば、既に紹介した、K581とK622であることは誰も否定しがたい事実だろうが、第52弾は、モーツァルトが初めて、クリネットを用いた作品「ディヴェルトメント 第1番 変ホ長調 K.113」を紹介したい。たぶんイタリア旅行(ミラノのマイヤー邸にて)で初めてクラリネットに触れ、すぐさま作品を作りたかったのだろう。<ザルツブルクのオーケストラには、少なくとも1777年までは、クラリネット奏者がいなかったようだ。)クラリネットは、モーツァルトが生涯愛した楽器だ。この曲は、15歳のときの作品で、その後、第2稿としてオーボエ、イングリッシュホルン、ファゴットを追加している。特徴としては管と弦の交互の掛け合いだろうか。特に好きなのは、第3楽章のTrioだ。このトリオ部はト短調で極めて印象的だ。これに呼応して第四楽章の展開部にもハ短調のフレーズが少し出てくるのでおもしろい。最後に、変ホ長調は、結構お気に入りの曲が多く、名曲が多いことを付け加えておこう。ピアノ協奏曲第9番や22番、ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲、「魔笛」、交響曲39番、弦楽三重奏のためのディヴェルティメント などがそれだ。
それではお聴きください。k.113(クリック)
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雨の土曜日は、単身赴任者にはつらい。なにもすることがない。その上、意外に激しい雨。こんな日は、音楽を聴きながら読書するしかない。第51弾は、「フルート四重奏曲第2番 ト長調 K285a」から始めよう。フルートの柔らかな響きが気分を爽快にしてくれる。ましてちょっと飲みすぎた翌日には。K285aは、もともとK285の第1楽章に続いて、第1楽章がその第2楽章、第2楽章が第3楽章に位置づけられていた。しかしその後、紛失されていたとされていたド・ジャンのための四重奏曲の1曲がこの2楽章作品であるとされ、K285aとなった。
それでは聴いてください。
andante_quartet_k.285a (クリック)
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今日は、宮崎は昼に25℃まで気温上昇。でも清清しい春の陽気。やっぱりこの季節は一番過ごしやすい。掃除を済ませ、干していた洗濯をたたみ。ちょっと一息。こんな夕方は、バッハの「チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調 第二楽章 Largo」でも聴こう。そう ピノックで。
bach_5_bwv1056_2. Largo (クリック)
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今日は、宮崎に来て3度目の結婚式に参列した。いずれも主賓の挨拶をせねばならず、プレッシャーを感じつつ宴席が始まるのを待つ。何度やっても緊張はするものだ。とくに列席の人数が多いと。結婚式のあとは、いつも教会音楽を聴くようにしている。キリスト教徒でもないのに不思議だ。第50弾は、ヴェスペレ「主日のための晩課」K321から「Lautate Domini」。Lautate Dominiは、もちろん K339が誰が聴いても名品だ。しかし、こちらのアリアも好きだ。この曲は、オルガンが独立で演奏しているのが珍しい。
それでは、聴いてください。_k.321 - 5(クリック)
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モーツァルトのシンフォニーには、3つのイ長調シンフォニーがある。一番有名なのは、言わずと知れた29番。私のお気に入りの一つだ。だから後のお楽しみに勝手にしている。そして14番(K114)と今日紹介する「交響曲 第21番 イ長調 K.134」。イ長調はアマデウス旋律の王様と勝手に呼ばせてもらっている。やはりイ長調でのホルンはハイトーンで最高だ。また、フルートも美しい。第一楽章、ファーストヴァイオリンの軽やかな飛躍に、第二楽章のフルートのオブリガード、第三楽章のトリルと三連譜とそれに続くピチカートと楽しみがいっぱい詰まっている。
それではお聞きください。mozart_21_k.134 (クリック)
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モーツァルトには、有名な「ジュピター音型」(C-D-F-E)がある。もちろん交響曲第41番「ジュピター」第4楽章に使われる音型だからそう呼ばれる。ある意味、モーツァルトにとってこの音型は生涯のテーマであった。彼が8歳の時、ロンドンで初めて作曲した交響曲第1番第2楽章では既にその音型がホルンによって奏でられている。第48弾は、「交響曲第1番 変ホ長調 K16」。モーツァルト8歳のときの作品だ。ロンドンで活躍するクリスチャン・バッハやアーベルたちの公開演奏会に刺激を受けて作ったとされる。第2楽章アンダンテ ハ短調(5分50秒あたりから)。その旋律に籠められた悲しみに驚嘆する。8歳の少年が何故に最初の交響曲の緩徐楽章に死の調性とも言うべきハ短調を選んだのだろか。
それでは、聴いてください。
mozart_01_k.16 (クリック)
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東京より何故か遅れて宮崎にも桜の満開の時が来た。当然こちらのほうが暖かいのに不思議な気がする。さて第47弾は、「交響曲第18番 ヘ長調 K.130」。数少ないヘ長調の曲だ。ヘ長調の曲は、軽やかな曲想が多い気がする。K138,K413,K459,K370などが挙げられる。18番は天才少年モーツァルトの溌剌感が魅力ではないだろうか。そして此の曲は、オーボエをはずし、フルートを入れた編成、ホルンを4本使った点が目を引く。レントラー調のメニュエットもおもしろい。浮き浮きした気分の時に聴いてください。それでは、前項のチェンバロつながりで、ピノックの演奏で。
mozart_18_k.130 (クリック)
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今日は、フランツ・ヨゼフ・ハイドンの誕生日らしい。
春にふさわしい「 チェンバロ協奏曲第1番ニ長調」を聴く。いとおかし。
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第46弾は、「交響曲第30番 ニ長調 K202」だ。K183、K201という「珠玉のシンフォニー」の後だけに、常に低い評価を受けがちな交響曲だが、私は出だしのファンファーレとエンディングには魅了されずにはいられない。ファンファーレの華やかさは、ニ長調だけあっていつまでも耳に残る。まさにニ長調のなせる技そのもの。そして第4楽章エンディング直前110小節目のパウゼ。降参ものです。また第1楽章のつなぎの102~110小節の第1ヴァイオリン(4分9秒あたり)がたまらなくいい。(モーツァルトの何気なく登場するこういうところにいつもヤラレテシマウ自分がいる)そして第2楽章の弦楽器だけのセレナード風のアンダンティーノは、モーツァルトらしさを十分に感じさせてくれます。第2ヴァイオリンのカノン風の味付けがそうさせているのでしょうか。20分かからない短いシンフォニーです。とにかく聴いてみてください。
mozart_30_k.202 ←(クリック)
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第45弾は、「ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K466 第1楽章」だ。k466は既に第2楽章紹介の際、第4弾で記載している。コメントはそちらをご覧ください。今日は、ボビー・マクフェーレン&チック・コリアのMozart Sessionsから、第1楽章をお聴きください。
mozart_20_k.466 - I. Allegro ←(クリック)
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第44弾は、4曲のホルン協奏曲から、「ホルン協奏曲第4番 変ホ長調 K.495」の第2楽章をお届けしたい。正式には、ロイトゲープのためのヴァルトホルン協奏曲といったほうが良いだろう。4番となっているが、2番目に作曲されたものだ。(2-4-3-1の順)。楽譜を何色ものインクを使って総天然色で書き上げるという、いたずらをしたことは有名だ。この第2楽章は、優しさにあふれている。目を閉じて聴くと、目の前にゆっくりと朝焼けの暖かな光がひろがります。
それでは聴いてください。mozart_4_k.495 2 ← (クリック)
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すでに春を迎えている宮崎からお送りする第43弾は「ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド 変ロ長調 K.269」。初春にはぴったりの曲ではないでしょうか。軽やかなバイオリンのソロが最高でウキウキさせてくれます。
それでは聴いてください。→ mozart_k.269 (クリック)
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今年も風邪ひきの季節がやってきた。毎年この時期にだけ必ずといっていいほど風邪をひく。去年もブログに同じ事を書いている。題名は「風邪の日はバロック?」。今年の風邪は木曜日から始まり、金曜日は最悪。でも仕事で同期が東京から来ていたので、夜中の1時半まで飲んでいた。その上土曜はGOLF。しかし意外にも体の力も抜けいいショットも打てていた(SCORE=91)。やっと今日は午後から回復基調。掃除・洗濯を済ませ気分も爽快。そして夜は、コーヒーを飲みながらバロックといきたい。 写真は、自慢のコーヒーブレイクセットだ。左のコーヒーカップは100円ショップで購入。ミルは、もう何年も使っている一品。豆は、マックスバリューで買ったやつ。そして今年の音楽は、バッハ 「無伴奏チェロ組曲第2番ニ短調BWV1008」。それでは、ヨーヨーマーで聴いてください。Bach_2bwv1008_yoyo_ma (クリック)
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第42弾は「弦楽四重奏曲 第22番 変ロ長調 K.589」。プロシア王セットの2番目の曲です。弦楽四重奏曲の最後の3曲は、プロイセン国王、フリードリヒからの依頼で作曲されたために「プロイセン四重奏曲」とよばれています。依頼主であるフリードリヒは素人としては卓越したチェロ奏者であったために、この作品にはその様な王の腕前が存分に発揮できるようにチェロがまるで独奏楽器であるかのように活躍します。第1楽章は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの3度の平行の第1主題で優雅に始まります。第2主題は、チェロの高音域が奏し、この時、ヴィオラどころかヴァイオリンまでチェロより低い音域に。大好きな第2楽章は変ホ長調のラルゲットで、やはり最初からチェロが高音域で唱い始めます。とにかく美しいメロディーです。第3楽章は変ロ長調のメヌエットですが、変ホ長調で書かれたトリオは二重構造。第4楽章は8分の6拍子の闊達なフィナーレです。それでは、第2楽章を聴いてください。演奏は、 Alban Berg Quartetです。
mozart_22_k.589 - 2(クリック)
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今日は、昼寝をしてしまったので、今頃目がさえている。目が冴えついでにコーヒーをいっぱい。「シューベルト 弦楽三重奏曲第2番 DV581」を聴きながら夜を過ごす。演奏はグリュミオートリオ。モーツァルトを尊敬していたシューベルトだけあって、時より鮮烈なシューベルト独特の暗さは覗かせるものの、どことなくモーツァルト風で好きな曲だ。第三楽章の主題などは、まさにアマデウス。そして、その向こうのハイドンも覗かせる。それにしてもこの曲は、やはり夜が似合う。
それでは、schubert_2_dv581 (クリック)
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今週は、仕事や飲み会などでかなりお疲れモード。にもかかわらず今日もゴルフ。そんな疲れを癒してくれる曲を聴きたい。第41弾は、「ヴァイオリン・ソナタ第30番 ニ長調 K306」の中から第二楽章 アンダンテ・カンタービレ。6曲のマンハイムソナタ (K301~306)と呼ばれる作品の最後を飾るものだ。大好きなK304はすでに紹介した。K304同様にパリに移動してから完成した曲だ。軽やかにピアノが跳ねる第一楽章と打って変わって、第二楽章はまさに子守唄のような囁きをもつ。それでは聴いてください。それでは、サッカー(日本代表 チリ戦)が始まるまで、私はおやすみ。
k.306 - 2 (クリック)
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第40弾は「ヴァイオリンソナタ第35番 ト長調 K379」。
「これを書いているのは夜の11時ですが、今日ぼくたちは、発表会を催しました。そこでぼくの曲が三曲演奏されました。もちろん新作です。ブルネッティのための協奏曲に属するロンドと、(ぼくがピアノを弾く)ヴァイオリン伴奏つきのソナタ、--これは昨夜11時から12時までに作曲したのですが、一応仕上げてしまうために、ブルネッティのための伴奏の部分だけを書いて、自分のパートは頭に入れておきました。」 柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(上)」岩波文庫 p.243より
第一楽章はアレグロの前に長いアダージョをもつ珍しい作品です。このアダージョは、始め疲れをいっぺんに癒してくれる。優しく眠りにつかせてくれる子守唄のようなのだ。でも34小節目から何故か少し胸が痛む。悲しみへ向かう胸騒ぎだろうか。そう これこそアレグロへの布石。そして、ここから疾走するアレグロが始まる。もちろん調性は、ト短調。隠れていた調性は私の胸を突如として貫く。第二楽章は、変奏曲。こちらも、テーマのアンダンティーノ・カンタービレは一度聴くと忘れられないメロディー。そして変奏曲はV4とピチカートの入るV5がお気に入りだ。
それでは、お聴きください。
mozart_35_k.379-1. Pires. Dumay (クリック)
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第39弾は、「ヴェスペレ「証聖者の盛儀晩課」 Vesperae Solennes de Confessore ハ長調」から第4曲・第5曲をお届けする。ヴェスペレとは、カトリック教会で信徒が集うミサの他に、聖職者が行なう1日8回の聖務日課の内、日没時に行われる祈り(晩課)のことで、宗教音楽の歴史上ミサに次ぐものだ。「ヴェスペレ」の歌詞はラテン語だが,ミサ通常文ではなく,旧約聖書からのいくつかの詩篇(psalms)に加え,最後に新約「ルカ福音書」からの聖母マリアによる賛歌「マニフィカト」に作曲するという形式が決まっていた。 以下がその6曲である。
第1曲 ディクシト。(主は言われる) ハ長調
第2曲 コンフィテボル。(主をほめまつる) 変ホ長調
第3曲 ベアートゥス・ヴィル。(幸いなるかな ) ト長調
第4曲 ラウダーテ・プエリ。(ほめたたえよ) ニ短調
第5曲 ラウダーテ・ドミヌム。(主をほめたたえよ) ヘ長調
第6曲 マニフィカト。(吾が魂は主をあがめ) ハ長調
全ての章は、次の歌詞で終わる。
Gloria Patri, et Filio, et Spiritui Sancto.
父と子と聖霊に栄光あれ。
Sicut erat in principio, et nunc, et semper,
始めにありしごとく,いまも いつも,
et saecula saeculorum. Amen.
世々限りなく。アーメン。
さて第4曲の減七度歩行の主題にもとづくフーガは、聴くものを虜にする。そしてK387の第4楽章で見せたポリフォニーとホモフォニーの結合はここにも見られる。第5曲のソプラノソロは、上質のアリアのようだ。また合唱のメロディーはこの上なき優しさに包まれており、最後のAmenはまさに天上の音楽と感じるのは私だけだろうか。
アルフレッド・アインシュタイン「モーツァルトのこのような楽曲を知らない者は、モーツァルトを知る者とは言えない。」
それでは聴いて下さい。
mozart_k.339 4. Laudate Pueri.mp3 (クリック)
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年末で、昨日自宅へ。今年は、暦の関係で6日間も正月休みがある。ラッキー。今日は当然の大掃除。合間に久しぶりにitunesを開いて、暫く見ているといい物を発見!!
「ベルリンフィル・カール・ベーム /Mozart 46Symphonies」
なんと丸ごとダウンロード1,500円。もちろん早速、購入。非常に得した気分。
46編は、1番・4番~36番・38番~47番・55番・旧ランバッハ+新ランバッハ(レオポルド作)。
レビューによると昔は、32、000円もしていたらしい。
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第38弾は、「フルート四重奏曲第1番 ニ長調 K285」。以前にも何度か書いたが、フルートはモーツァルトが嫌いで、我慢のならない楽器だったそうだ。でも本当だろうか。モーツァルトのフルートの曲はどれもすばらしいのだ。このフルート四重奏曲、フルート協奏曲K314、フルートとハープのための協奏曲K299、魔笛での主役級の使い方などなど。とてもいやいやで作り上げたなんて思えない。
さてK285だが、優しく頬をなでる風のように爽やかなアレグロの出だしに、思わず空を見上げたくなるのは私だけだろうか。喜びを素直に表現したくなるメロディー。でもモーツァルトは、喜びはいつまでも続かないと教える。短調への移行、でもまた長調へ。喜びと切なさで揺れ動く心を表わしたような展開。第二楽章、ロ短調のアダージョは、えもいえぬ美しさだ。アンリ・ゲオンは「蝶が夢想している。それはあまりにも高く飛び舞うので、紺碧の空に溶けてしまう。」と書いているが、聴いていてその映像が浮かんできそうだ。ピチカートに支えられ{紙で作られた蝶}が空へ消えてゆく。これはフルートでしかなしえない映像だと思う。
それでは、聴いてください。
1allegro_quartet_k.285, in D (クリック)
2_adagio_quartet_k.285, in D (クリック)
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今日は珍しく早い帰宅。音楽三昧でゆったりと過ごしている。先ずは、シューベルトの弦楽五重奏曲、弦楽三重奏曲。今は、ショスタコービッチのチェロ・ソナタ。そしてエレジー。宮崎も昨日から流石に寒くなってきた。山の方では、霧氷ができたらしい。でもまだコートは着ていない。日曜のゴルフ、午後は半袖でよかったくらいだ。でも明日あたりコートを出してみるか。
それでは、ショスタコービッチのElegy for Tow Violins, Viola and Celloをお聴きください。
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第37弾は、「ピアノ協奏曲第24番 ハ短調 K491」を選んだ。24番は、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンと、2管編成の近代オーケストラの 木管楽器を勢ぞろいさせた唯一の協奏曲である。また20番とこの24番だけが、27曲あるピアノコンチェルトでは短調である。第一楽章の半階音のユニゾンから早くも聴き手の心を不安にさせる。減七度の跳躍音程は我々を深い闇の淵に連れて行く。そして、ピアノが鳴る。なんと悲しい音であろう。この悲しみはいつまで引きずるのだろうか。絶望への坂道を何度も降りてゆく。第2主題の長調を迎えてもわずかな光しか見出せない。見せ掛けの明るさ。そんな慰めなき長調の中、フルートがまた我々を闇に連れ戻す。そこには蠢くピアノのアルペジオ。そしてクライマックスのカデンツァ。暗闇の中で魂だけが揺さぶられてゆく。生への不安・恐怖・あきらめ。生きる答えを見出せないまま終末を迎える。第二楽章は、優しい朝の目覚めのようなメロディーから始まる。平行調の変ホ長調だ。そこには優しい光がある。しかし、フルートとオーボエとファゴットが登場すると再びハ短調へ戻り、まだ心から安らげないことを知る。でも光のほうへ少しずつでも歩いてゆきたい。ピアノがすこしづつそう囁く。そして木管楽器がすべて登場した時に始めて闇はすべて消え去る。第三楽章は再びハ短調。しかしそこには決然とした心が溢れ出る。第一楽章の闇の中での心の迷いを消し去る意志がそこには聴こえてくる。確信を告げる変イ長調のクラリネットの登場。しかしピアノは、まだ迷いを拭いきれない。しかし伸びやかな旋律を木管達が奏でた時に強く生きてゆこうとするは意志は明確になる。でも今から続く生は決して平坦な道ではない。そういってこの曲は終る。すさまじい心の葛藤と叫びを感じずにはおれない。
それでは聴いてください。内田光子でおおくりします。
_k.491(クリック)
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第36弾は、「弦楽五重奏曲第3番ハ長調K515」。かの第4番K516を登場させたのが第2弾(2006年10月19日)。随分と遅くなってしまった。なにせこの二曲は一対のような捉え方をよくされるからである。第一楽章のアレグロは楽しい。内声部が8分音符を刻む中、チェロが重い足取りで音階を駆け上がり、第一ヴァイオリンが優しく手を差し伸べゆく第一主題。なんと4オクターブを駆使。展開部は、ハ長調とは思えない音の色彩。憂いのメロディー。感服!!そして第二楽章アンダンテは限りなく美しい。今日のような秋の穏やかな日にグッとマッチした曲です。第一ヴィオラが第一ヴァイオリンとが絡み合うように旋律を奏で、まるで二重協奏曲のようです。ヴィオラをこよなく愛したアマデウスならではの作品ではないでしょうか。ヴィオラ奏者にはたまらない曲でしょう。それでは、第二楽章をお楽しみください。mozart_03_k.515 - II_Andante(クリック)
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(haydn_35_op.20-5) - 4. Finale (Fuga a 2 soggetti)(クリック)
(haydn_36_op.20-6) - 4. Fuga a 3 soggetti (Allegro)(クリック)
とにかく聴いてください。
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第35弾は、ウィーン四重奏曲第6番目の曲「弦楽四重奏曲第13番 ニ短調 K173」である。先に紹介した15番と同じ調性である。ト短調は、モーツァルトにとって「宿命の調性」と謂われる。ニ短調は、勝手に「渾身の調性」と呼びたい。このK173に始まり、K341(キリエ)、K421(弦楽四重奏曲 第15番)、K466(ピアノ協奏曲第20番)、K621(レクイエム)がそれだ。さてK173だが、1773年の作品であるが、これ以降10年弱、彼は「弦楽四重奏曲」を封印しているのも興味深い。少年モーツァルトは、未だ我がフーガ、ハイドンの域に達せずと封印したのだろうか??さて第一楽章は、アマデウスのテーマとも言うべき三度の装飾音を伴う下降音で始まる、そしてオクターブ上のシンコペーションで我々は、モーツァルトの内面の悲しみを知る。その後に続く力強い反転上昇。そこに若きモーツァルトの悲しみを打ち破る強い意志を覗きみる。(ちなみに最初の4小節、これは「魔法の笛」のパミーナのアリア で見つけることができる。)まさに「渾身」。しかしこれだけでは終らない。第4楽章のフーガがまた魅力的だ。チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンが半音で下降しながら順番に登場し絡み合う。そして最後はなんとニ長調の和音で終るのだ。さして複雑ではないこのフーガの恰好よさのため一度聴くといつも何度も何度も繰り返して聴いてしまう私がそこにいるのです。それでは、お聴きください。
mozart_13_k.173 (クリック)。
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第34弾はウィーン四重奏曲から「弦楽四重奏曲 第10番 ハ長調 K.170」をとりあげよう。敬愛するKenさんも好きな曲だ。第1楽章に変奏曲が使われている珍しい曲だ。モーツァルトが崇拝する、かのハイドン先生の影響をもろに受けているといわれているこの時代のモーツァルトの四重奏曲の3曲目の曲です。私が好きなのは、第3楽章(Un poco Adagio)だ。冒頭の第1ヴァイオリンはなんて美しいのだろう。そしてそれにもまして、提示部から展開部へのヴィオラと第2ヴァイオリンのソロ。そして再び第1ヴァイオリンへ引き継がれる哀愁を帯びたメロディーライン。伴奏へ移った第2ヴァイオリンの何気ない1回だけの3度のハモリ(36・37小節目)。もう降参です。
それでは、聴いてください。
_k.170 (ウィーン四重奏曲3).mp3(クリック)
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結構披露宴に参加したので、そんな場面にピッタリ曲を第33弾に選ぼう。「セレナーデ 第6番 ニ長調 K239 セレナータ・ノットゥルナ」である。モーツァルト二十歳の時の作品である。この曲は、バロック時代の合奏協奏曲のようで、3つの楽章からなる。ティンパニーの登場が特徴的だ。アインシュタインも「音の響きと旋律の点で、モーツァルト初期の作品中最も魅惑的な曲である」とやはり高く評価している。約12分と短い曲であるが、今日は、その中で最も祝宴にあいそうな第二楽章を紹介する。それでは聴いてください。
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第32弾は、1984年4月に作曲された「木管とピアノのための五重奏曲 変ホ長調 K452」です。実はベートーベンが同じ楽器編成、同じ3楽章編成、同じ調性で、曲を作っています。聴き比べると好みにもよりますが、明らかにモーツァルトの天才性だけが浮かび上がります。この曲はモーツァルト最初の自作演奏会のための曲です。ピアノ・コンチェルトK450(15番)とK451(16番)と共に初演されました。 ピアノ(クラーヴァイア)・パートはモーツァルト自身が演奏したとか。楽器編成は、ピアノとオーボエ、クラリネット、ホルン、バスーンです。全く有名ではありませんが、父レオポルドに宛てた手紙の中で、「生涯最高の作品」と書いてるほどの曲です。聴き所は、見事な音の溶け合いでしょうか。第1楽章は長いラルゴの序奏がついている(20小節/2分くらい)。これが美しい。木管の掛け合いをピアノのアルペジオが支えます。そこには得もいえぬ安心感があります。第2楽章も美しい。第1音から間違いなくモーツァルトの世界に引き込んでくれます。ピアノと木管の絶妙な調和が見られます。第3楽章ですが、冒頭はまるでコンチェルトのようです。最後にガデンツァがあるのも面白いです。
それでは、第2楽章をお聴きください。mozart_k.452 - II Larghetto (クリック)
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第31弾は、「弦楽四重奏曲 第15番 ニ短調 K421」。ハイドンセット2番目の曲だ。日本語には「憂愁」という言葉がある。この曲にぴったりの言葉ではないだろうか。第一楽章のSotooVoceで始まる第一主題ヴァイオリン その2音で我々は、短調という澱みの中へ引きずり込まれる。そして、その「澱み」の水底でチェロが支えていることを知る。第二楽章は、唯一の長調(ヘ長調)。でも明るくはない。安らぎの中での背中合わせの「不安」といった曲想。第三楽章の中間部のトリオは秀逸だ。「他に例がないピチカート」に支えられたヴァイオリンの独奏は美しい。そして終楽章の変奏曲。シチリアーノのリズムの主題は、こうして座って聴いていても、追いかけられ逃げているような気分にさせられる。変奏曲もすごいの一言。スラーでありながらうごめくヴァイオリン。不思議なシンコペーションの掛け合い。ヴィオラのソロ。一転して美しい長調のメロディー。3連音符のフォルテシモ。てんこもりとはこのことか。それでは、第1・第4楽章をお聴きください。
k.421-01-Allegro (クリック)k.421-04-Allegretto Ma Non Troppo(クリック)
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今日で30弾まできた「モーツァルトを語る」です。Mp3で紹介した曲をまとめてみました。
何度もアマデウス
「フルートとハープシコードのための協奏曲 ハ長調K299」より
第二楽章
独りで悲しみに浸りたい時は
「ピアノ協奏曲 第23番 イ長調 K.488」より 第2楽章
モーツァルトを語る
1)「ピアノ協奏曲 第17番 ト長調 K.453」 全曲
2)「弦楽五重奏曲 第4番 ト短調 K.516」より 第1楽章
3)「弦楽四重奏曲 第14番 ト長調 K.387 春」より 第4楽章
4)「ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466」より 第2楽章
5)「大ミサ曲 ハ短調 K.427」より キリエ
6)「弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465 不協和音」より
第1楽章
7)「ヴァイオリンとヴィオラの為の協奏交響曲 変ホ短調 K.364」より
第2楽章
8)「ヴァイオリンソナタ 第28番 変ホ短調 K.304」より 第2楽章
9)「弦楽四重奏曲 第1番 ト長調 K.80 ローディー」全曲
10)「ヴァイオリン協奏曲 第3番 ト長調 K.216」より 第2楽章
11)「オーボエ四重奏曲 ヘ長調 K.370」全曲
12)「ヴァイオリンとヴィオラの為の二重奏曲 変ロ長調 K.424 」より
第2楽章
13)「教会ソナタ 第1番 変ホ短調 K.67」
「教会ソナタ 第17番 ハ長調 K.336」
14)「ディヴェルトメント 変ホ長調 K.563」より 第1楽章
15)「ディヴェルティメント 第2番 ニ長調 K.131」より 第2,5楽章
16)「ヴァイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219」より 第2楽章
17)「クラーヴィアとヴァイオリンの為のソナタ K.13」
18)「ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450」全曲
19)「ヴァイオリンの為の中間楽章アダージョ ホ長調 K.261」
20)「ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド ハ長調 K.373」
21)「3つのクラーヴィア協奏曲 K.107」の1
22)「弦楽四重奏曲 第6番 変ロ長調 K.159」全曲
23)「ヴァイオリンソナタ 第36番 K.380」より 第2楽章
24)「ディヴェルトメント 第14番 変ロ長調 K.270」全曲
25)「ファゴットとチェロの為のソナタ 変ロ長調 K.292」より 第2楽章
26)「クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581」全曲
27)「ヴァイオリンソナタ 第37番 イ長調 K.402」より 第2楽章
28)「ディヴェルトメント 第7番 ニ長調 K.205」全曲
29)「セレナーデ 第9番 ニ長調 K.320」より 第1,5楽章
30)「クラリネット協奏曲 イ長調 K.622」全曲
以上 右のカテゴリー 「Mozart」 よりお入りください。
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記念すべき第30弾は、「クラリネット協奏曲 イ長調 K622」です。第26弾で五重奏を先に紹介しましたが、こちらも最上の名曲です。K622は、モーツァルトが最後に完成させた作品です。この曲は言わずと知れた{アマデウス 旋律の王様 イ長調}。この曲を聴くとモーツァルトにとってト短調が宿命の調性なら、イ長調は天与の調性であると感じます。私にとってK622はこう聞こえてなりません。第一楽章は、モーツァルトが今まで生きてきた人生を振り返って音にしたもので、第ニ楽章は、神はすべてを、そしてもうすぐ召される自分をもこのように暖かく包み込んでくれるだろうと感じた音、第三楽章は、天上での自分の姿を想像した音であると。自分が最も愛したクラリネットでそれは演奏される。もう言葉は要りません。それでは聴いてください。
アントニオ・ペイ:AAM Hogwood の演奏です。
k.622 - 1. Allegro(クリック)
k.622 - 2 .Adagio(クリック)
k.622 - 3. Rondo(クリック)
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モーツァルトのセレナーデは編成も形式も様々である。13本の管楽器によるアンサンブル7楽章もの(K361)ソナタ形式の4楽章もの(K525)などである。そんなセレナーデ群からの初登場は何の迷いもなくセレナーデ 第9番 ニ長調 K320 「ポストホルン」である。ポストホルンとは小さなホルンで、単に管をくるくると巻いただけのものもあれば、ロータリー・ヴァルヴがついたものもあります。その名の通り郵便配達人が使用していました。15世紀にフランス、ヴェネツィアなどで郵便制度が始まり、郵便配達は、その到着と出発を知らせるのに小型の曲型もしくは環状のホルンを使っていました。17世紀頃には、ニュルンベルクのトランペット制作者の徒弟はその楽器を作ることをまず最初に許されたといいます。はじめポスト・ホルンは管の長さが短かく、1重程度しか巻かれていなかったために第1倍音と第2倍音を用いたオクターヴの動きしかありませんでした。しかし、管の長さが長くなり第6倍音程度まで出せるようになって、様々な音型が生まれました。 これが第6楽章の第2トリオに使用されているためこの愛称がついています。このセレナーデは、全7楽章で交響曲(1・2・5・7)と協奏曲(3・4・6)を一緒に聴ける壮大なものである。まず、第1楽章から驚かされる。壮麗なアダージョをもち、それに続くアレグロはロッシーニを髣髴させる音楽だ。第3・4楽章のフルートとオーボエの掛け合い(対話)もすばらしい。そして第5楽章のニ短調のアンダンティーノ。「出た~」 何故この場に短調が!?でもこれが実にいい。そして壮大なフィナーレ。盛りだくさんの音楽を一度に楽しみたいならこの曲だと思っている。それでは、第1・5楽章をお聴きください。
k.320 'Posthorn' - I. Adagio - Allegro (クリック)
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第28弾は、「ディヴェルトメント 第07番 ニ長調 K.205」です。今、宮崎は台風5号で、外は吹き返しで大荒れです。久しぶりに早く家に戻ったので今夜はMozart三昧。とりあえず「Divertimento」。この曲は、ヴァイオリン、ヴィオラ、ホルン二つとバスという編成です。第一楽章は短いラルゴから。ハイドンチックですが、実に美しい旋律です。それに続くは軽快・勇壮なアレグロ。続く可愛らしいメヌエットです。 第三楽章のアダージョがまた泣かせます。そんな時はホルンとバスーンはお休み。美しい旋律を弦鳴楽器だけで奏でられます。この章だけ「旋律の王様」イ長調です。次の第四楽章メヌエットは後半の3連符がうならせます。 トリオではホルンと弦鳴楽器が掛け合いをします。フィナーレ第五楽章はプレストで終わりです。単身赴任の夜を慰める一曲です。それでは聴いてください。
K.205 (クリック)
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久しぶりの更新である。転勤・転居にてモーツァルトも聞く暇がないくらいだった。今日は久しぶりにゆったりした時間をすごしている。さて久々の第27弾は「ヴァイオリンソナタ第37番 イ長調 k402」です。第1楽章冒頭の主題。あれっ ドン・ジョバンニのメニュエット!? そして第2楽章 フーガ アレグロ・モデラート。クラヴィーア・ソナタには、フーガが多く使われているが、ヴァイオリン ソナタでフーガを使っているのはこの曲だけある。しかしこの曲は完成していない。残念だ。63小節以降はM.シュタードラーによる補筆である。(全91小節)この曲は、如何にもバッハかというフーガだ。この曲を知らない人にたぶん「この曲はだれの作品?」と聴けば大方は「バッハ??」と答えるであろうと思う。モーツァルトは後期、フーガに完全にはまってしまいましたね。ジュピターのような壮大なフーガもあれば、この曲のような可愛らしいフーガも存在する。不思議な今日この頃だ。それでは、第二楽章をお楽しみください。
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第26弾は、クラリネット。クラリネットは現在オーケストラで使われている楽器の中でも最も新しく登場した楽器です。さてどっちにするかモーツァルト好きには悩みどころです。 K581・K622(ともにアマデウス旋律美の王様と勝手に名づけているイ長調)どちらも不滅の名曲だからです。(第26弾まで出ないのがおかしいが)これらの曲をモーツァルトに書かせたのはボヘミアに近い国境の町ブルックに生まれた名人クラリネット奏者アントン・シュタトラーである。モーツァルトは1781年から死ぬまで10年間ウィーンで暮らしていたが、シュタトラーとは特別に仲の良い友人同士であったようだ。借金で苦しむモーツァルトから借金をして返済もしていないかったという話もあるくらいだ。そんな友の為にクラリネットの為の名曲を書いた。第26弾は、「クラリネット五重奏曲 イ長調 K581」通称「シュタトラー五重奏曲」。こちらにしました。K622もいずれ登場させます。結局選べないのです。さてK581は1789年にA管(写真右の大きい方)のクラリネットのために書かれています。<B管が変ロで、A管がイで半音低い>K581は4つの楽章があります。弦楽四重奏を相手にクラリネットがソリストのように活躍します。また、クラリネットが「従」になったりもします。3オクターブの広い音域で魅力をあますことなく繰り広げます。第一楽章アレグロ、第二楽章ラルゲット、第三楽章メヌエット、第四楽章アレグレット・コン・ヴァリアチオーネ で、先にも書きましたが第一楽章は弦楽四重奏をバックにあたかもクラリネット・コンチェルトの様相です。ラルゲットはクラリネットがそれはそれは美しいメロディーを気高く歌い上げます。メヌエットは優しく美しいメロディーです。トリオは二つあり、イ短調・イ長調と調性がガラッと変化します。第2トリオでは再びクラリネットが牧歌的雰囲気で活躍します。第四楽章は主題と変奏曲6曲という形式です。快活な第4変奏に続く番号の振られていない第五番目のアダージョは優雅な旋律、さらに番号なしの第六番目のアレグロで華やかに曲を閉じます。一番のお気に入りは、第3楽章Menuettoの「TrioⅠ:イ短調」です。実はここではクラリネットは登場しない。弦楽四重奏です。思わず涙がこぼれそうになるくらいです。楽譜も載せておきます。↓
というわけで、音はMenuettoにしようと思いましたが、私にはとても選びきれません。
すべて貼り付けます。ご堪能ください。
k.581 - I. Allegro(クリック)
k.581 - II. Larghetto(クリック)
k.581 - III. Menuetto(クリック)
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おっさんになるとアルビノーニのアダージョを聴いて主人公にはなれない。今はコダーイのアダージョがいい。40年以上も生きているとこんな曲を聴きたい夜もある。Grumiauxのヴァイオリンで。kodaly_adagio(クリック)
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第25弾は、ヴァイオリンソナタを除けば数少ない二重奏から「ファゴットとチェロのためのソナタ 変ロ長調 K292」。たぶん二重奏というのは以前紹介したヴァイオリンとヴィオラの二重奏(k423.k424)と2つのバセットホルンによる二重奏(k487)くらいではないかと思う。取り上げた理由は、低音楽器の管弦による二重奏で極めて珍しいからです。ファゴットとピアノをたしなむバイニルン選帝侯侍従長フォン・デュルニッツ男爵(ミューヘンの音楽愛好家)の依頼により作られた1775年の作品です。チェロは、2.3楽章で細かく動く場面もありますが、ほとんど伴奏であると思っていいでしょう。ちなみにファゴットとはイタリア語で「束」を意味することみたいですね。ファゴットの音はいつも私を森の奥深いところに連れていってくれる気がします。非常に短い曲ですが、それなりに味わいがあります。ご存知のようにモーツァルトにはチェロが主人公で活躍する曲がありません。その時代にモーツァルトが曲を作りたいと思わせる名演奏家がいなかったのでしょうね。残念でなりません。それでは第二楽章(Andante)をお聴きください。k.292 - 2.Andante(クリック)
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第24弾は、大司教の館のターフェルムジーク(食卓音楽)として作曲された6曲(K213、240、252=240a、253、270、289=271g)の作品の中で第5番目の曲である「ディヴェルトメント 第14番 変ロ長調 K.270」をとりあげる。オーボエ2、ホルン2、ファゴット2という簡単な編成。管楽器のみでモーツァルトほど洗練された音楽を作り上げた人はいないだろう。センスの格を感じる。自筆楽譜には、〈アマデーオ・ヴォルフガンゴ・モーツァルトの6声のディヴェルティメント第5番 1771年1月〉と書かれている。4楽章編成の15分弱の曲です。第1楽章はアレグロ・モルト。ファゴットの8分音符の上でオーボエが軽やかにメロディーを歌い上げるところがお気に入りです。それではお聴きください。mozart_14_k.270.mp3(クリック)。
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今夜はライトアップして、庭のバラ達を眺める。こんな時にマッチする曲は、マスカーニ作曲「カバレリア・ルスティカーナの間奏曲」。贅沢なひととき。mascagni_cavalleria_rusticana_intermezzo (クリック)。
こんな美しい間奏曲をもつオペラとはどんなにロマンチックなんだろうか。「カバレリア・ルスティカーナ」なんて如何にも美しい響きではないか。
残念。真実は違う。題名は訳すと「田舎の騎士道」という意味だし、物語も不倫と横恋慕と決闘の話。主人公トゥリッドゥが軍隊に行っている間に恋人のローラは、さっさと馬車屋のアルフィオと結婚してしまいます。愕然とするトゥリッドゥですが、サントゥッツァと恋に落ち婚約します。すでに結婚していながら、嫉妬するローラはトゥリッドゥを誘います。まだローラに未練のあるトゥリッドゥは、サントゥッツァがいながらもローラと逢瀬を重ねます。どうしてもトゥリッドゥが戻ってこないことからサントゥッツァは嫉妬に駆られ、アルフィオにトゥリッドゥの不倫を告げてしまい、アルフィオは怒り狂います。ここで間奏にこの名曲。このあと、教会から人々が出てきて居酒屋で皆が飲んでいるときに、トゥリッドゥはアルフィオに決闘を申し込みます。敗れて死ぬことを予感したトゥリッドゥは母親にさりげなく別れを告げに帰り、やがて意を決し決闘場へと向かう。「トゥリッドゥが殺された」という女の悲鳴が2度響き、村人の驚きの声と共に・・・・・幕 とまあこんな話し。ほんまかいなぁ。でもわかっていても名曲は名曲ですね。自分勝手にロマンチックな想像で聴いてればいいのです。
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第23弾は、「疾走しない悲しみのト短調群」と勝手に名付けている曲達の中の1曲「Mozart - ヴァイオリンソナタ 第36番 K.380の第二楽章」を紹介する。K.380自体の調性は、変ホ長調だかこの第二楽章は、ト短調 4/3 アンダンテ・コン・モートである。短調のモーツァルトが、モーツァルトという途方もない天才の一面である事実は誰も否定できない。明るく晴れやかで春風のように心地よいセレナードやディヴェルトメントにも、感情のこまやかさが小さな波のように幾つも幾つも訪れ、心を洗い戯れてくるピアノコンチェルトの緩徐楽章にも、不思議と現れるモーツァルト的悲哀の音たちは、それはそれで堪らなく美しく大好きだが、こうして第一音から投げかけてくる短調の悲しみのメロディーは心にぐさっとくる。たぶんモーツァルトがそうした一面を知らず知らずのうちに耐え切れず漏らしているからではないかと思えてならない。それではお聴きください。mozart_36_k.380 - 2(クリック)
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最近TVCMを見ていて妙に耳に残る曲がある。日立ハイビジョンテレビWOO、黒木瞳が登場するCMに使われている、「ヴィットリオ モンティー」の「Csardasチャルダッシュ」だ。ご存知フィギュアスケートの浅田真央ちゃんの、フリー演技の曲目である。チャルダッシュとは「酒場風」という意味らしい。ハンガリーの民族舞曲で、Lassanというゆったりとした導入部とFriskaという急激な2/4拍子のリズムで構成されている。オリジナルはマンドリンだ。そういえば昨年も「トゥーランドット」が一世風靡した。フィギアの影響力はすごい。それでは、ハンガリアン・ジプシー・オーケストラにて聴いてください。csardas(クリック)
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第22弾は、久々の弦楽四重奏曲の登場。ミラノ四重奏曲の5番目の作品「弦楽四重奏曲 第6番 変ロ長調 K.159」です。緩・急・急という楽章構成を持つ特徴的な作品です。いわゆるディヴェルトメント風ですね。第一楽章はアンダンテというゆったりとしたテンポで始まり柔らかく温かみのある音色です。何故か9小節目まで第1ヴァイオリンが登場しない。そしてこの9小節目の第2ヴァイオリンとヴィオラのシンコペーションは「らしい」としか言いようがない。さて、この曲の肝は、なんといっても第2楽章(5分30秒から)でしょう。モーツァルトにとって始めての短調でのソナタ・アレグロ。まさに疾風怒濤的傑作といえよう。かの「疾走するかなしみ」は原点はここにあるような気がする。調性は宿命のト短調。ひたむきに駆け抜けるという言葉がぴったりくるだろうか。それでは聴いてください。。mozart_06_k.159(クリック)。
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ヨハン・クリスチャン・バッハは少年期のモーツァルトに最も影響を与えた作曲家だと言われている。ロンドンで新時代の予感に触れ衝撃を受けた。J.C.バッハは当代隋一の旋律法の大家である。(大バッハの末っ子)8歳のモーツァルトが彼に師事できたことは幸いであったといわれる。様々な旅によってこうして天才モーツァルトが育まれていったのだろうと思う。K333など、その影響を受けた曲は多くあるが、今日はまさに、J.C.バッハの曲を編曲した「3つのクラヴィーア協奏曲 K107」を紹介する。標題には「アマデーオ・ヴォルフガンゴ・モーツァルト氏により協奏曲に編曲されたジョヴァンニ(ヨハン)・バッハ氏の3曲のソナタ」(イタリア語)と書かれている。これら3曲の協奏曲は、ヨハン・クリスチャン・バッハの《クラヴサンまたはピアノフォルテのための6つのソナタ(メクレンブルク公エルンスト殿下に献呈)》(作品5)の第2番、第3番、第4番をほぼ忠実に協奏曲に編曲したものである。題名どおり3曲あるが、音は、1曲目(J.C.バッハのピアノソナタ作品5の2から)の2 Andante ト長調 2/4 をお聴きください。可愛らしさがたまらず好きです。kv107_no_1_in_d_2. Andante (クリック)。
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第20弾は、「ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド ハ長調 K.373」といこう。この曲もアントーニオ・ブルネッティと結びついている。1781年の作品だ。ウィーンにある大司教の館での演奏会の為に用意され曲である。映画「アマデウス」でモーツァルトが登場するあの館だ。ちなみに映画で使われている「グラン・パルティータ」は、その3年後が初演だからこの時は、作曲はされていたが演奏はされていない。まあ映画だから許します。さて編成は、独奏ヴァイオリン、オーボエ、ホルン2、弦5で5分程の曲だ。実に溌剌として聴いていて心も明るくなる。独奏をフルートで演奏されることもしばしばだ。(そのときはニ長調で1音上げている。)出だしは、K465のアレグロの主題によく似ていてさわやかで甘酸っぱい。モーツァルトらしい1曲ではないだろうか。それでは、聴いて下さい。mozart_k.373 (Grumiaux)(クリック)。
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第16弾にて「ヴァイオリン協奏曲 第5番 第二楽章 Adagio」を紹介した。実は、この第二楽章は、翌年1776年にもう一つ作曲されている。それが、第19弾「ヴァイオリンのための中間楽章アダージョ ホ長調 K261」である。もともと先の「イ長調協奏曲」は、ザルツブルク宮廷楽団の楽長であったアントーニオ・ブルネッティのために書かれたのだが、その中間楽章が、ブルネッティにはいささか荷が重いと、急拠新しくこのアダージョを仕上げて入れ替えたものではないか?と言われている。調は同じホ長調、テンポは2/4が4/4へ。オーボエがフルートへと変わっている。弱音器をつけたヴァイオリンと管楽器に先導されて独奏ヴァイオリンが同じ主題を奏して始まる。中間にロ短調の部分があるが、全体におだやかなホ長調の曲調が実に美しい。わずか8分程ですが、美しさに陶然とする時間が流れていきます。それでは、ちょっと珍しいですが、コンドラシン指揮(モスクワ響)レオニド・コーガン(Vn) 1969年のライブにてお聴きください。mozart_k.261(クリック)。
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第18弾は、「ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調 K450」。なんと名曲揃いのピアノコンチェルトにもかかわらず、第1弾の「17番」、第4弾の「20番」、もっとも好きな「23番」以来の登場となった。1784年、28歳の時の作品だ。この年に、14番から19番までの6曲ものピアノコンチェルトを作曲している。15番は、映画「アマデウス」で第3楽章が使われている。ザルツブルグから出てきた父レオポルドと再会する前、市場をワイン片手に飲みながら闊歩するシーンに使われているのだ。20番台の円熟した名作群の始まりは、この15番からではないだろうか。シンホニックな調べの確立がなされている。モーツァルト自身もこの15番以降の6曲を「大協奏曲」として以前のコンチェルトと区別している。そしてピアニストとしては、16番とともに「どちらも汗びっしょりになる曲」だと父宛の手紙に書いている。1楽章、3楽章はなんて軽快にして楽しいのだろう。思わず心が沸き立ってくる。そして2楽章(11:08あたりから)のやすらぎのメロディー。静かに心を休めるには、この曲が最高だ。それでは、聴いてください。mozart_15_k.450 (クリック)
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第9弾で、14歳の時の作品 弦楽四重奏曲「ローディー」を、第13弾で10歳の時の作品「教会ソナタ」を紹介したが、第17弾は、もっと前、8歳の時の作品「クラーヴァイアとヴァイオリンのためのソナタ」だ。K6~K9、K10~K15まで10曲ある。今日は後半6曲について語る。1764年の秋にロンドンで作曲され、翌年1765年1月18日の日付で英国王妃シャーロットへの献辞を添えて「作品III」として出版された。新全集ではチェロを含めた三重奏曲として分類されている。アインシュタインは、「この6曲がショーベルトやクリスチャン・バッハの影響を受けているものの、一曲ごとにますますモーツァルト自身を示している。モーツァルトは彼の仮のモデルをスプリングボードとして利用する。彼はいっそう高く飛び、いっそう遠くへ達する」と書いている。これらは、最近ではフルートとともに演奏されることが多い。正しくはK6~K9を「ヴァイオリン声部付クラヴサン・ソナタ」K10~K15を「ヴァイオリンまたはフルート声部付、チェロ助奏自由のクラヴサン・ソナタ」という。クラブサンとは、フランス語「CLAVECIN」で、英語で言うハープシコード、イタリア語でチェンバロのことだ。音は、K13の第2をお届けします。K14のカリヨン風も面白いし、K15のすでに円熟か?と思わせるメロディーも捨てがたいのですが、やはり8歳にして、心の底から語りかける哀愁のメロディーに惹かれたというこで、此の曲を選びました。それでは、グリュミオーのヴァイオリンで聴いてください。mozart_k.13 - 2 (クリック)
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こんな穏やかな春の日には、柔らかなチェロの音が聴きたくなる。(もっとも寂しい秋の夕暮れもだが)春の日の似合う曲を選ばねば!!。ハイドン チェロ協奏曲1番2番の緩衝楽章 adagioはどうだろう。かくも美しきチェロの響きを耳にできる喜び。第1番が発見されたのなんと1961年。200年以上も眠っていた曲です。それでは、2曲ともお聴きください。1- 2.Adagio (クリック)2-2.Adagio(クリック) 。
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久々にCDを購入。ハイドン 疾風怒涛期の交響曲集(第45.46.49)_トン・コープマン指揮:アムステルダム・バロック管弦楽団 <1000円>である。何故かこのところハイドンのCDに手が伸びる。さてコープマンはオランダ人。ハープシコード(チェンバロ)奏者、オルガン奏者でもある。グスタフ・レオンハルトの弟子である。コープマンの音には生気がある。もともとバロック音楽にどっぷり漬かっていたが、その後古典派音楽にも登場するようになったそうです。スーパーバリュー20シリーズ集めてみようかと思う。私はハイドンの交響曲は、番号後半のパリ交響曲シリーズやロンドン交響曲シリーズよりも、この疾風度怒涛期の方が、情熱的で好きである。当CDは、3曲とも短調である。疾風怒涛期の交響曲の中に短調の作品が6曲もある。100曲近いハイドンの交響曲で11曲しかないことを思うと、特別な時期であろうか。副題も44番「哀悼(悲しみ)」45番「告別」49番「受難」その他「嘆き」など悲劇的ものが多い。44番はハイドンが最も愛した交響曲で、自分の葬儀では、「3楽章のadagioを演奏して貰いたい」と語ったとされている。弱音器をつけたヴァイオリンが奏でる優しいメロディーが魅力だ。45番「告別」は、最終楽章で、出番が終わった奏者:第1オーボエ,第2ホルン,ファゴット,第2オーボエ,第1ホルン,コントラバス...順々に席を立って(譜面台の照明を消して)退出することになっている。終盤のコーダでは4部に分かれたヴァイオリン,ヴィオラ,チェロだけになる。チェロ,第2ヴァイオリン,ヴィオラという順にいなくなり,最後は第1ヴァイオリン2人だけになり,消えるように曲が終わるという面白いトリックが隠されている。そして49番「受難」。ため息と敬虔、悲しみと追われ、あぁ珠玉の1曲。天才モーツァルトが如何にハイドンの影響を受けていたのかわかる1枚ではなかろうか。この時期の短調の交響曲群とモーツァルトのト短調交響曲については、kenさんのブログ、ウィーン旅行後の交響曲〜小ト短調とハ長調が興味深いので最後に紹介させてください。それでは、交響曲第49番へ短調Hob.;49「受難」からの第1楽章 Adaigoをお聴きください。adagioーpassion (クリック)
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モーツァルトには、赦しの音楽があると思う。一番有名なのは、フィガロの結婚 第4幕 フィナーレの伯爵が夫人に向かって歌う「Contessa perdona」。映画『アマデウス』のこの場面を観たサリエリの「劇場中を"赦し"の音楽が満たした」という言葉が印象的だ。でも、オペラでなくても赦しの音楽が存在する。第16弾は「ヴァイオリン協奏曲 第5番 第二楽章 Adagio」。この曲は、日本でも数多く演奏されるヴァイオリン協奏曲だ。第1楽章は力強いソナタ形式。モーツァルト独特のあのジェットコースターを堪能できる。そしてなんといっても終盤のカデンツァ。そのすばらしい技巧が必要で聴くものを魅了する。第三楽章は{トルコ風}と名づけられて有名。コル・レーニョ(弓の木の部分で叩く奏法)の指定があるのも特徴だ。そして中間楽章の第二楽章はとてつもなく美しい。私にはここに「赦しの音楽」が聴こえる。ただ優しいだけじゃない。ただ美しいだけじゃない何か。終盤のカデンツァまで一瞬も途切れることなく続くのだ。それでは、グリュミオーのヴァイオリンでお楽しみください。
mozart_5_k.219 - (2) (クリック)。
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かみさんは、美術館へ。長男は倶楽部活動で大学へ。長女は、吹奏楽の練習へ。次男は、友達の家へ。というわけで、一人の日曜日(よくあることだが)。そして久しぶりに春晴れ。こんな日は、のだめカンタービレで一躍有名になった「ベートーヴェン ヴァイオリンソナタ 第5番 ヘ長調 Op.24 春」でも聴こうか。やっぱりグリュミオーの音色で・・・。beethoven_violin_sonata_no_5_spring_fdur_op_24_grumiaux. (クリック)。
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モーツァルトは、4つのホルン協奏曲を書いているが、第15弾はそれとは違います。ホルン協奏曲も大好きなのでいずれ登場しますが、第15弾は、「ディヴェルティメント 第2番 ニ長調 K131」です。その後のK136.137.138のおかげで、あまり有名ではありませんが、個人的にはこちらをよく聴きます。この曲はなんとヴァイオリン2、ヴィオラ2、バス、フルート、オーボエ、ファゴット、そしてホルン4つという変わった編成です。ホルンの独壇場は、2つ目のMenuetto(第5楽章)。最初のトリオでホルンが高らかにそして牧歌的な響きでメロディーを歌い上げます。続く第2トリオはフルートが優しく優雅に囁き、第3トリオは、弦がしなやかに。演奏会などでは、1つ目のMenuetto(第3楽章)がよくとりあげられるでしょうか。あえて、今日は第5楽章を聴いてください。短い曲です。k.131 - 5. Menuetto (クリック)。それではお楽しみください。おっと、やはりこの曲を紹介するならAdagioもとりあげないと、K131ファンに怒られますね。と書いてる本人が一番納得しません。「This is Mozart」とも云うべき美しさと優しさに溢れた旋律。このAdagioには木管は登場しません。弦楽四重奏です。そしてウォルフガング旋律美の王様「イ長調」。哀愁もロマンも悲しみもたぶんありません。でもただただ美しいのです。生きる喜びに感謝する、自然に抱かれているのを感謝する、そんな旋律です。お聴きください。k.131 - 2. Adagio(クリック)。
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2/10に美しいメロディーの代表としてボロディンの弦楽四重奏曲第二番第3楽章「ノクターン」を紹介した。この曲は、このまま終わってもいい、いや終わるべきだと思うのだが、実はその後に一種独特のフモールとも言うべき第4楽章{フィナーレ~アンダンテ・ヴィヴァーチェ}がある。kenさんのブログ2/20「音は自然に寄り添うものだ」でアンサンブルの妙が紹介されているのでご覧いただきたい。正直に述べると、「なんじゃあこりゃあ」という怪しい音で始まる。しかし、その後に出てくる自由闊達な足音のような流れるテンポの中で、弦が一糸乱れず蠢くので話は変わる。半音階の4部音符と全音階の8分音符の違った動機が不思議と合うのだ。鬱なチェロと躁のヴィオラと言ったところか。確かにkenさんが書いているように、もし下手な演奏家のアンサンブルなら聴けたもんじゃないだろう。それこそ「なんじゃこりゃあ」で終わってしまう。しかし、聴けば聴くほど癖になるのだ。このボロディンの第4楽章は。それではボロディン四重奏団でお聴きください。borodin_2_4 (クリック)。
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第14弾は「ディヴェルトメント 変ホ長調 K.563」。まさに天上の音楽。私は、朝いつも通勤電車で、この曲を聴きながら新聞や本を読んでいます。なんという贅沢。混雑している周りを気にすることなく自分の世界に入り込めます。アインシュタインは、「この世で耳にする中で最も完璧で最も繊細な曲である」と絶賛しています。6楽章からなる曲は、弦楽三重奏で、一見小さい編成だが、だからこそ難しい編成であるにもかかわらず、見事な和音や技巧で、美しいメロディーを作り出しています。ケッヘル番号でわかるとおり、かなり後期の曲です。1988年、あのジュピターの1ヵ月後に作曲されました。モーツァルト自身も2度ほど演奏しているみたいです。パートは、ヴィオラ。多分この曲でキーを握っている楽器だからでしょうか。モーツァルトファンにお勧め作品ベスト10を選んでもらうと、必ず入ってくる曲だと私は思っています。全てをアップしたいのですが、いずれまた。今日は、第一楽章をお聴きください。コメントもよろしく。k.563 - 01 (クリック)してください。
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第13弾は、「教会ソナタ 第1番 変ホ短調 K.67」「教会ソナタ 第17番 ハ長調 K.336」の2曲です。コロレド大司教の下、宮廷お抱え音楽家であったモーツァルトにとって、教会のミサのための音楽を作曲することは、重要な仕事でした。ザルツブルグでの当時のミサに用いられる音楽の中に「ソナタ・アレピストラ」という曲が含まれていおり、モーツァルトが残した17曲の教会ソナタはこの部類に属します。すべてが、1楽章形式で短いものです。編成は、ほとんどがヴァイオリン1、2、バス、オルガンです。中には、モーツァルトが大嫌いなトランペットその他オーボエ、ティンパニー、ホルン、チェロが加わっている曲もあります。(14番や15番)。そして17番だけは「オルガン協奏曲」とも呼べるソナタ形式で描かれています。初版は、1780年にオッフエンバッハのアンドレ社より「オルガン、またはピアノのためのソナタ」として出版されました。当時は、モーツァルト自身がオルガンを弾いていたと思われます。さて1番ですが、10歳の時に作曲されたものです。信じられません。まさに奇跡のメロディーーーーーー。どこか優しさに溢れています。それでは、お聴きください。17_k.336(クリック)01_k67(クリック)。演奏は、Chorzempa, Deutsche Bachsolisten, Winschermann です。
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誰もがこの3分間で優しい気持ちになれると思っている曲を紹介しよう。第12弾は、「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲変ロ長調 K424」です。友人のミヒャエル・ハイドンはコロレド司教から6曲のヴァイオリンとヴィオラの二重奏曲を命じられるが、4曲を完成させたところで、病気になってしまう。当時ウィーンに住んでいたモーツァルトは、妻のコンスタンツェとともにたまたまザルツブルクに帰省した際、ミヒャエル・ハイドンが病気で役目を果たせないでいることを知り、ミヒャエル・ハイドンの手法にならって急遽作曲したのが、K423,K424の2曲である。たった2日で仕上げたといわれている。ミヒャエル・ハイドンといえば、こんにち欠番になっている交響曲第37番の本当の作曲者で、時間がない売れっ子だったモーツァルトが急遽、序奏をつけて演奏した曲です。それで、現在は欠番にしているか、序奏のみ演奏するかのどちらかになっているのです。さてK424に戻ります。第一楽章の出だしは、弦楽四重奏曲のK387の第4楽章の出だしと同じ音使いで始まります。その後の歌うようなヴァイオリンは美しくヴィオラを従えて軽やかに踊っていきます。第二楽章のアンダンテ・カンタービレは、人の心を優しくしてくれます。腹が立って納まりがつかない時はこの曲を聴いてください。きっと心が静かになれます。それでは、第二楽章をお聴き下さい。
k.424 - 2.Andantecantabile(クリック)。コメントもお寄せください。
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第11弾は、オーボエ。といっても「のだめの黒木君」のオーボエ協奏曲ハ長調K314ではありません。期待された方、ごめんなさい。「オボーエ四重奏曲ヘ長調K370」である。名オーボエ奏者にして友人のフリードリッヒ・ラムのためにミュンヘンで作曲されました。第2楽章には、めずらしく「カデンツァ」の機会が与えられています。ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロはオーボエの引き立て役に留まることなく、時には主役のオーボエと積極的に対話をしていくところも魅力の一つです。しかし何といってもオーボエの美しい音に皆魅了されずにはいられないでしょう。オーボエ奏者にとっての至宝の一曲です。今日は、病気のため頭がさっぱり廻らず、うまい言葉がでてきません。それでは、mozart_k.370 (クリック)お聴きください。演奏はAmerican Baroqueです。
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昨日の午前中から、完全に風邪をひいた。私の場合、咳も鼻水も熱も出ない。ただ身体が異常に痺れてだるくなるのだ。いつものことだ。1年に1度、この2月~3月初旬にかけて必ずと言っていいほどこの日が来る。何もしたくない。本当なら、玄関側のベニハナトキワマンサクを移植したかったのだが、今日は無理。こんな日は、バロックを聞いておとなしくしていよう。まずは、ブランデンブルグ4番でも聴こうか。bach_no.4 in G Major BWV 1049 - I Allegro (クリック)。
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雨に日は、何故かペルゴレージ「スタバト・マーテル」が聴きたくなる。スターバト・マーテルとは、13世紀のイタリアの修道士、ヤコポーネ・ダ・トーデが書いたとされるラテン語詩で、18世紀には「聖母マリアの七つの悲しみの祝日」のためのセクエンツィアとしてローマ教会の公式ミサ典礼曲に採用された。普通、「悲しみの聖母」と訳されることが多いだろうか。わが子イエス・キリストが磔刑となった際、母マリアが受けた悲しみを思う内容となっている。ペルゴレージのスターバト・マーテルは、ソプラノとアルトの二重唱に弦楽というシンプルな編成で、美しいメロディとハーモニーを響かせる30分ほどの音楽で、病弱であったペルゴレージの最後の作品でもある。ペルゴレージは、若くして26歳でこの世を去っているのだが、病床でこの曲に取り組んでいたところは、モーツァルトを彷彿させる。さてこの曲は、12章(曲)からなっていますが、とにかく一曲目から惹きこまれ美しさを持っています。たまには、こういう曲を聴く休日があってもいいかな。
歌詞)
悲しむ聖母がたたずんでおられた。
十字架の下で涙にむせばれていた。
御子が十字架にかかっていたからです。
嘆かれ
悲しまれ、苦しまれる聖母の魂を
剣が刺し貫いていたからです。
おお、なんという悲しみと傷つき方だろう、
祝福された
神のひとり子の母だったというのに。
聖母は悲しみ、苦しまれていた。
聖母はふるえ、見つめておられた。
誰も知らぬ人はいない御子の救いのわざを。
涙しない者がいるだろうか、
キリストの母を目にして。
そのような苦しみの中の聖母を見て。
悲しまない者があろうか?
あわれみ深い聖母のことを思い浮かべて。
御子と共に苦しまれた聖母のことを。
ご自分の民の罪のために
イエスが責められ、
鞭打たれるのを聖母は見ておられた。
愛する御子が
死の苦しみに打ちすてられ、
息絶えるのを見ておられた。
ああ、愛の泉である御母よ、
わたしにもあなたと同じ悲しみを感じさせ、
あなたと共に苦しませて下さい。
聖母よ、お願いします。
十字架の傷を
わたしの心の力とさせて下さい。
あなたの御子が傷つけられたのは
わたしのためでした。
わたしにもその苦しみを分け与えて下さい。
あなたと共に真実の涙を流し、
十字架の苦難を味合わせて下さい。
わたしが生きている限り。
十字架の下であなたと共に立ち、
進んであなたと
悲しみを共感したいのです。
乙女の中でもすぐれた乙女よ、
どうかわたしを退けずに
一緒に嘆かせて下さい。
わたしにキリストの死と
受難の道を歩ませて下さい。
わたしにイエスの傷をもう一度つけて下さい。
わたしに傷を負わせて下さい。
十字架を味合わせて下さい。
御子の愛に報いるために。
地獄の火と炎から
乙女よ、わたしをお守り下さい、
裁きの日には。
わたしを十字架によって守護し、
キリストの死によって守り、
わたしを恵みで満たして下さい。
この体が死を迎える時、
わたしの魂に
天国の栄光を与えて下さいますように。
アーメン。
12曲目「肉体は死んで朽ち果てるとも」は、以前(06/5/1)、映画「アマデウス」で使われていたと書いたが、今日は、第5曲目「Quis est homo~涙しないものはいるだろうか」を紹介する。まず、ソプラノとアルトが語り合うように交互に歌い始める。終盤突如として、鞭打ちのような8分音符の連打が入る。それでは、お聴きください。音源は、古楽器による、アレッサンドリーニ/コンチェルト・イタリアーノ盤です。弦は一声部ひとりだけ(5人)の最少人数編成。ほとんど室内楽です。鋭角的な古楽器奏法でアクセントを効かせ、歌唱も表情たっぷり、聖母マリアの慟哭を見事に表現した、個性的で緊張感あふれる演奏です。05pergolesi_quis_est_homo(クリック)。
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記念すべき(自分だけだが)第10弾は、「ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216」である。モーツァルトは、ヴァイオリン協奏曲をわずか5曲しか(7曲ということもあるが)書いていない。それも、19歳(1975年)にしか作曲されていないのだ。(不思議です:名曲K364はありますが)とにかく3番の明朗にして優雅な美しい旋律には溜飲が下がります。第一楽章は、ソナタ形式。まず重音で始まるリズミカルな第一主題(おしゃべりをやめない貴族らを音楽に惹きつけるがごとく)、ホルンが引き継ぎオーボエが応える流れるような素朴な第二主題、そして壮大な展開部へ。そして第二楽章には、まいります。あの映画「アマデウス」でのサリエリのように楽譜を落としてしまいそうです。弱音器をつけた弦の合奏と柔らかいフルートの音色の中で、独奏のヴァイオリンがデリケートな情感をもって柔らかく進んでいきます。優しい心を歌うアリアのように。第3楽章はアレグロのロンド形式で書かれていますが、主題の間に挿入された民謡調の軽快なアレグレットのメロディーがまたかわいらしいこと。しかし終わり方がちょっと淡白だけど。いずれにしてもどの章でも、時折覗かせる短調がまた抜群の味付けとなっている。それでは、その中でやっぱり第二楽章をお聴きください。演奏は、アーノンクル+クレーメルです。グリュミオーを期待した方々すいません。
k.216 - 2.Adagio (クリック)。
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ノクターンといえば、ショパン?いえいえボロディンを忘れては困ります。今日は早くにリビングで爆睡したためこんな時間(2:30)に目が冴えてしまってます。そこで夜想曲を聴きながら・・・。ロシア五人組の一人ボロディンは、化学者でもあったとか。弦楽四重奏曲第2番ニ長調 第Ⅲ楽章 Andante 通称「ノクターン」はクラシックファンならずとも、ひょっとしたら一度は誰もが耳にしたことがあるかも。CMや美しい風景のバックで流すには最高の一曲だからです。癒されますねえ。それでは、ボロディン四重奏団の演奏でお聴き下さい。borodin_2(クリック)。よかったらコメントお願いします。 それでは私はもう一眠り。
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第九弾は、モーツァルト14歳の作品「弦楽四重奏曲第1番 ト長調 K.80 {ローディー}」。モーツァルトは、13歳の時に始めてのイタリア旅行に出かけている。1969年12月13日から1971年3月28日までの1年4ヶ月もの旅行だ。その旅行でミラノからボロ-ニャに向かう途中「ローディー」という町で書かれたとされるのがこの作品だ。ローディーは、イタリアのロンバルディア州の県都で現在は人口4万強の小さな町である。最初は、第3楽章まで出来ていて18歳の時最終楽章のロンドを書き加えている。第1楽章のアダージョの透き通るメロディーは美しい。そしてこの曲は、モーツァルト独特の所謂、モーツァルト音型なるものが様々に登場する。「あっこの音!」ってな感じで。それでいて何故か聴いていてホッとする曲だ。14歳でね~。天才モーツァルトの将来を予見する1曲ではないだろうか。この曲の構成は極めて単純なためハーモニーは重要な要素です。それでは、透明で明るい音色の今はなきイタリア弦楽四重奏団でお聴きください。K.80.mp3 (クリック)。よかったらコメントもお願いします。
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最近、TV・漫画「のだめカンタービレ」のおかげでクラシックブームだという。秋川雅史の「千の風にのって」が紅白出場でオリコン1位になったりもしている。それにしても確かにカンタービレという言葉が有名なった。さて私にとってカンタービレといえば、やはりチャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番ニ長調作品11の第二楽章~アンダンテ・カンタービレということになろうか。1876年12月、モスクワにきた文豪トルストイに敬意を表して、ニコライ・ルービンシテインは特別の音楽会を催した。この時「アンダンテ・カンタービレ」が演奏され、チャイコフスキーの隣に座っていたトルストイが感動のあまり、この曲を聴きながら涙を流しはじめたというエピソードは有名である。妹アレクサンドラの領地ウクライナのカメンカで職人がを歌っていた「ワーニャは長椅子に座って、コップにラム酒を満たす、満たしもやらずもエカチェリーナのことを思う」という歌詞の民謡をもとにしているらしいが、それにしても美しいメロディーである。どこまでも広がる大地を思い浮かべながら聴くといい。心を落ち着けたい時、心を休めたい時、ぜひどうぞ。それでは、andante_cantabile(クリック)をお聴きください。演奏はエマーソン四重奏団です。 できたらコメントもお願いします。
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第八弾は、春を待つこの時期にふさわしい「ヴァイオリンソナタ 第28番 変ホ短調 K304」だ。何故この曲を選んだか。それは数あるヴァイオリンソナタの中で唯一短調で書かれた曲だからである。K301からK306のヴァイオリンソナタは通称「マンハイムソナタ」と呼ばれている。しかしこの曲はパリで完成している。第1楽章の冒頭のピアノとヴァイオリンのユニゾンはとにかく悲しい。まるでシチリアーノのようなメロディーだ。深い寂寥感。しかしこれを突き破るような長調のテーマ。そしてまた悲しみのメロディーに。音楽性の詳しくは{池晋}が書いている(モーツァルトの音符たち)ので省略だ。私が好きなのは、何といっても第2楽章の冒頭である。ピアノで始まり、ヴァイオリンで繰り返すこの第1テーマは、「はかなく切ない」とはこの音であるとしか言いようがない。やっぱりモーツァルトはすごい。それでは、k.304.2.(クリック)をお聴きください。 コメントもお寄せください。
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タイトルは、「国歌」だが別に国粋的なことを書くつもりはない。まずフランス国歌「ラ・マユセイエーズ」について。その歌詞の日本語訳を見ると驚かされる。
祖国の子どもたちよ、栄光の日がやってきた!
我らに向かって、暴君の血塗られた軍旗がかかげられた
血塗られた軍旗がかかげられた
どう猛な兵士たちが、野原でうごめいているのが聞こえるか?
子どもや妻たちの首をかっ切るために、
やつらは我々の元へやってきているのだ!
武器をとれ、市民たちよ 自らの軍を組織せよ
前進しよう、前進しよう!
我らの田畑に、汚れた血を飲み込ませてやるために!
日本の「君が代」は天皇賛歌だと批判されるが、フランス国歌に比べれば、可愛らしいもんだと思う。
さて本題に入ろう。非常に美しいメロディーの国歌がある。サッカーワールドカップで何度も聴いた。そう ドイツ国歌である。ドイツ国歌は、ハイドン作曲 弦楽四重奏曲OP76-3 第77番ハ長調「皇帝」なのだ。もとはこれは、オーストリア国歌だった。なにせハイドンはオーストリア人なんだから。快活かつさわやか そして甘美。そんな曲である。それでは、原曲 emperor_poco_adagio_cantabile (クリック)をお聴きください。
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12/31NHK モーツァルト・イヤー2006ハイライト 当然みてしまいました。そのあと録画で、何度もある1曲だけを繰り返し繰り返し聴いています。クレーメル・バシュメット う~んジジイになったなあ、いやいや最高でした。ということで第七弾は、「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調 K.364」である。やはりこの曲は紹介せねばならないだろう。アインシュタインは「ヴィオラはより明るく、より輝かしく響いて、オーケストラのヴィオラ群からくっきり浮き出なくてはならない。この二重コンチェルトは、モーツァルトがヴァイオリン・コンチェルトで追求したものの頂点でもある。」と書いている。悲哀の満ちた第2楽章を聴くと、ヴァイオリンとヴィオラのすすり泣きに思わず涙してしまうのは私だけではないだろう。単に古典派音楽と呼んでいいはずがない。単純にそう思う。23歳の青年が何を思い描けばこのメロディーが出てくるのであろうか。母の死か、アロイジアとの別れか などとよく書かれているが、果たしてそれだけだろうか。凡庸なる者には理解できないか。まあとにかくsymphonia_concertante_in_es_dur_andante_k_364 (クリック)をお聴きください。 若き日のクレーメル、指揮アーノンクール(ウィンフィル)でお届けします。よかったらコメントもお願いします。
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【ウィーン30日共同】今年で生誕250年の天才音楽家モーツァルト(1756−91年)が幼少期に作曲した可能性が極めて高く、これまで知られていなかった新たなピアノ曲が29日、モーツァルト生誕の地オーストリア・ザルツブルクで演奏された。
楽譜は、ザルツブルク大司教区の文書保管所が数カ月前に入手した18世紀後半の楽譜本の中から見つかった。「ウォルフガング・モーツァルトのアレグロ」と書かれている。
同保管所のヒンターマイヤー氏によると、一部欠損もある楽譜本は紙や筆跡の分析から当時モーツァルト一家と関係のあった教会の音楽教師らが書いたとみられ、すでに知られているモーツァルトの曲も含む。同氏はピアノ曲について、モーツァルト作品に間違いないと話している。
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第六弾は、弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465「不協和音」。第三弾の「春」に続き、ハイドンセットからです。この曲の特徴は、題名にあるように「不協和音」から始まる。そしてそれは、2分あまりの序奏の(出だしの22小節の和音効果)だけである。低音のチェロに始まり、ビオラ、第2バイオリン、第1バイオリンと少しずつ遅れながら入ってゆくのだが、その音が、「ド」「嬰ソ(ソの半音上)」「変ミ(ミの半音下)」「ラ」となっており、「嬰ソ」と「ラ」は半音違いしかないわけで、調和していない濁った響きになる。連結すべき2個の和音の構成音のうちに半音階的関係を成す2音が含まれる場合には,それらの2音を同一声部で処理しなければならないという規則がある。(それに反することを「対斜」というが)この禁を破ったのだからたまらない。これがこの曲が「不協和音」と呼ばれる所以である。しかし、現代に生きる我々にはそれは、さほど奇異に感じない音なのだ。ロマン派・現代音楽を経て、こういう音があるとわかっているからだ。しかしモーツァルトの生きた18世紀では理解されなかったであろうと想像する。ハイドンに献呈された中にこれがあるのは、ハイドンならこの斬新さがわかってくれると思ったのではないだろうか。さて、その不協和音部分はおいといて、それに続くアレグロの主題の快活さはなんだろう。いつもの秩序を取り戻した響きに満ちた音のシャワー。陽の光が燦々と降り注ぐ大地にいるのような気分にさせてくれる。形も色も距離も極めて明確な音楽とはこのことか。それでは、k.465- 1.Adagio.mp3 (クリック)をお聴きください。 コメントお待ちしてます。
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久しぶりにCDを購入。ハイドン作曲 弦楽四重奏曲版 「十字架上のキリストの最後の言葉」~エマーソン弦楽四重奏団 である。輸入版を買ったので、1000円程安かった。はじめ司祭による言葉と管弦楽という編成で作曲されたこの作品は、後に作曲者自身によって弦楽四重奏曲用に編曲され、これが人気を呼び、さらには独唱、合唱、管弦楽による大規模なオラトリオ版も作曲された。スペインのカディス大聖堂の依頼により作曲されたもので、聖金曜日に、福音書の七つの言葉を読み瞑想する時間に演奏されるための音楽となっている。調性は、ニ短調。
ほとんどが緩徐楽章からなるこの異色作の演奏には、静謐なテンションの持続、響きの純正さ、デリケートなニュアンスといった要素が求められる。
演奏のエマーソン弦楽四重奏団は、アメリカが建国200年を祝った記念すべき年である1976年に、フィリップ・セッツァーとユージン・ドラッガーというジュリアード音楽院に学ぶふたりのヴァイオリニストが、同窓生の他ふたりと一緒に結成した弦楽四重奏団である。
エマーソン弦楽四重奏団というこの演奏団体の名称は、アメリカの偉大な哲学者であるラルフ・ウォールド・エマーソンの名前に由来するものである。エマーソン弦楽四重奏団の結成後すぐにときめきと頭角を現し、2年後の1978年にはナハトマジーク室内楽賞を受賞した。そして、1980年にワシントンD.Cスミソニアン・インスティテートのイジデント・クワルテットになった彼らは、その2年後にはニューヨークのリンカーン・センター室内楽協会の第1レジデント・クワルテットにも迎えられ、それ以後は、ハートフォード大学のハート音楽学校で教授活動と演奏活動を行うレジデントになり、1983年にはアスペン音楽祭のレジデント・クワルテットとしても活動するようになった。1985年に初めてヨーロッパに演奏旅行を行なってセンセーショナルな成功を収めた彼らは、間もなく現代を代表する弦楽四重奏団のひとつとして数えられるようになったが、高度な演奏技術とシャープなモダンな感覚を兼備」した彼らはそれによって伝統と矛盾することのない新鮮でみずみずしい演奏様式を打ち出している。(グラモフォン:コメントより)
管弦楽版は持っていたので、とにかく「弦」が聴きたくて。聖堂で聴くには、管弦楽版のほうがいいかもしれないが、弦の引き締まった音は、第一音から背筋に電気が走るのだ。十字架のキリストを瞑想するには、弦楽四重奏曲があっているかもしれない。素人には、音楽性はわからないが、序曲と終曲{地震}以外、7つの言葉に合わせソナタが並ぶという異色さは、ハイドンならではかもしれない。
それでは、序曲introduzione_i__maestoso_ed_adagio(クリック)をお楽しみください。 コメントもお寄せください。
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やはりこのところ、モーツァルト生誕250年でTV番組がよく組まれている。昨日も日本テレビで天才の謎をテーマに2時間番組が。ミーハーの私はつい見てしまう有様。そういえば、月9の「のだめカンタービレ」も娘の影響で見ているこの頃である。2台のピアノのためのソナタ 二長調 K.448が、早速出てきたのには驚かされた。なにせモーツァルトは、<2台のため>は1曲しか作曲していないのだから。
さて第五弾は、「大ミサ曲ハ短調K.427」である。
これは、残念ながら未完の曲である。「クレド」は、途中のエト・インカルナトゥスは一部未完であり、クルチフィクスは書かれていない。「アニュス・デイ」は完全に欠落している。現在は、未完部分を補ったアロイス・シュミット版かロビンス・ランドン校版、最新のレヴァイン版が用いられる。この曲は、誰からの依頼でもなく自分のために作曲されたものらしいが、初演でのソプラノは妻 コンスタンチェがつとめている。「キリエ」のソプラノの独唱にまず圧倒されてしまう。あわれみたまえ とはこういう音なのかと信じさせるにたるメロディーである。その音の先にキリストの十字架が臨める。(カトリック教徒でもないのに)不思議だ。グロリアの最終節の壮大なフーガは見事で、まるでオペラのラストのような輝きを放つ。クレドは、やっぱり エト・インカルナトゥス・エストのフルートとソプラノの美しい掛け合いだろう。神の恩寵はこうしてもたらされると言われれば、納得するかもしれない。ちなみに私のCDは、ウィーンフィル:レヴァイン指揮 ソプラノは、キャサリン・バトルである。ブラボー アマデウス!!
それではkyrie_eleison(クリック)をお楽しみください。
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第四弾は、「ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466」である。モーツァルトには、短調のピアノ協奏曲が2曲しかない。20番と24番だ。どちらも名曲である。この曲は、低音域で蠢く悲劇的な音で始まる。悲しみを奏でるピアノは圧巻。弦楽器のシンコペーションは重苦しく、哀願するピアノはカデンツァまで一瞬の緩みもなく続く。心を突き刺すようなファルテシモは、暗闇に出会った死神への驚きのようで恐怖がつきまとう。つづく第二楽章は、ロマンスと呼ばれている。変ロ長調による陽だまりのような甘美なメロディーで始まるが、突如として中間部のト短調では、嵐のような激情につつまれる。また、変ロ長調に戻り安らぎを迎える。第三楽章は、明るいリズムでハッピーエンドのようなエンディングを迎える。何故、この時代(宮廷音楽花盛り)にこのような曲が書けるのか?天才としか言い表せない。さて1984年アカデミー賞作品賞、主演男優賞、監督賞、脚色賞、美術賞、衣裳デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞の8部門の受賞に輝いた「アマデウス」に、この第一楽章と第二楽章が使われている。第一楽章は、サリエリが、父レオポルドに扮するためにマスクを買い、モーツァルトに鎮魂ミサ曲を依頼する場面で使われ、第二楽章は、ラストのサリエリが車椅子で去ってゆくエンディング、エンドロールに使われている。とにかくブラボー、アマデウス!!
それでは、第二楽章k_466_2 (クリック)をお楽しみください。
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第三弾は、「弦楽四重奏曲第14番「春」ト長調K387」である。14番から19番は、ハイドンセットと呼ばれている。モーツァルト はハイドンの「ロシア・セット」に啓発され、6曲の弦楽四重奏曲(第14番~第19番)を作曲した。その1曲目がこの「春」で、第15番ニ短調 (K421)、第17番「狩」(K458)、第19番「不協和音」(K465)と、名曲ぞろいで、彼の弦楽四重奏曲全作品の中で頂点をなしている。この6曲に、まる2年間をかけているが、筆の速い彼としては、異例の時間のかけようである。そこには尊敬するハイドンに捧げるために、全力を尽くす姿が見えてく る。さて、モーツァルトといえば、耳障りの良い肩のこらない曲ばかりが流布され、それがモーツァルトだと思われている。しかしモーツァルトがそうした肩のこらない曲ばかりしか作らなかったとしたら彼の名は現在のように音楽史に燦然と輝く存在とはならなかったである。4つの楽章からなるこの曲は、溌剌とした明るい第1楽章から始まり、第2楽章のメヌエット(ハイドン風に)、第3楽章のアンダンテ・カンタービレと続く。しかしなんといってもこの曲のすごいところは第4楽章モルト・アレグロである。簡単に言うと、5分足らずの中に技巧の粋が詰め込まれている。半音階の多用(モーツァルト・クロマティシズム)、そしてフーガとソナタ形式の統合(前人未到のホモフォニーとポリフォニーの統合)は、かの「ジュピター」に先立ちこの曲で見事に完成されていたのである。フーガによるポリフォニックな構成で始まり、第17小節後半より突然古典派特有のホモフォニックな和声が響いてくる。そしてまた第31小節より今度はまたポリフォニックな構成となる。ここは、バロック時代に確立された係留音が伴う。第39小節よりまた今度はホモフォニックな新たな楽句があらわれ、第50小節まで続く。天才モーツァルトを印象付ける一曲である。ブラボー アマデウス!!
それではMolto Allegro.mp3 (クリック)をお聴きください。
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第ニ弾は、「弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K516」である。この曲の出だし(画像クリック)を知らないで「モーツァルトが好き」といってる人は真っ赤な偽者である。モーツァルトとト短調という調性は切っても切り離せない「宿命の調性」といわれている。交響曲25番、40番。クラヴィーア四重奏曲。そしてこの曲。「疾走する悲しみ」と言われたこの曲を聴かずして決してモーツァルトは語れない。心をえぐる という言葉がぴったりくるかもしれない。小林秀雄が有名にした冒頭の第一主題の半音階は、一種独特の情緒を持つ。第二主題は、休止符が絶妙で声の出ない嗚咽のようでもある。第ニ楽章のメヌエットは、あまりに悲しいのだ。下降音階と鋭い和音が悲愴感を込みあがらせる。もし後に続くトリオでのヴァイオリンが明るく振舞ってくれなければ、何処までも落ち込んでしまうだろう。つかのまの安息だ。そしてこの曲の最終楽章(第4楽章)は、悲しいト短調(アダージョ)の調べから突如 ト長調(アレグロ)へ移行する。しかし手放しで明るいものではなく、どこかそこはかとない寂しさの痕跡をなおも引きずっている。「慰めなき長調」と呼ばれるこの音を聴いて初めて天才モーツァルトを知るであろう。ブラボー アマデウス!!
それでは、第一楽章allegro(クリック)をお聴きください。
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芸術の秋を迎えて「モーツァルト」を語りたい。第一弾は、「ピアノ協奏曲第17番ト長調K453」である。モーツァルトの中で一番好きな曲は、Hpにも書いたが「ピアノ協奏曲第23番」である。でも最近この17番が何故かお気に入りである。優雅な形式の中で虹のような色調の変化に身をゆだねてゆくうちに、「やさしさ」が、いつしか心いっばいにしみ渡ってくる。木管楽器を効果的に使い弦と管、オーケストラとピアノの掛け合いが洗練された色彩豊かな響きを生み出している。第1楽章は、ロンド風の踊り跳ねまわるような第1主題に始まり、転調を何度も何度も繰り返す。音という個々の素材が、様々に組み合わされていくとき、一つのメロディーとなる。展開部はまさにその真骨頂で、素材は単なる分散和音に過ぎない。それがこのような世界を作り上げるのだからすごい。第2楽章は、なんと美しいのであろうと思う。荘重なテーマに始まり、長調と短調との間をさまよいながら、抑えきれなくなった感情が徐々に溢れ出してくる。変則的なロンド形式だが、幻想曲と呼ぶのが最も良い気がする。短調に転調したところなどは、ショパンでも聴いているかのようだ。 第3楽章は楽しく軽快に、そしてまたさわやかに流れていく。モーツァルトが飼っていたムクドリがこの楽章の第1主題を歌うことができたというエピソードはよく知られているが、確かに小鳥が歌うにふさわしい旋律ではないだろうか。私たちも社会の喧騒から離れて、鳥のさえずりに耳を傾ける時のように、心を澄ましてモーツァルトの音楽に耳を傾ければ、生命の中にもともとあったものが響きを始めるのであろう。 ブラボー アマデウス!!それでは、聴いて下さい。mozart_17_k.453(クリック)
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なんとモーツァルトもブログをやってる!!
なんて実は、
もし18世紀後半にインターネットがあって、
Blogが普及していたら…
モーツァルトは『アマデウス オフシャルブログ』をつくって、
毎日起きるいろいろなことを書き込んでいたかも知れない。
ということで、
NHK衛星ハイビジョン放送と衛星第2放送でオンエア中の番組『毎日モーツァルト』を製作する「モーツァルト・イヤー製作委員会」の承認のもとに企画されたブログらしい。
おもしろいので「趣味」の欄にリンクを張りました。一度ご覧ください。(左の欄)
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この美しく、魂をゆさぶられる音はなんだろう。単純な音階だというのに。それは最も私を魅了してやまないピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488 第二楽章である。モーツァルトファンにはおなじみであるが、「アイネクライネ・・」ぐらいしか知らない人からすれば、これがモーツァルト?という曲であろうか。モーツァルトほど悲しみのバリエーションを多くもつ作曲家はいない。この曲は是非、独りで聴いてもらいたい。ゲオンは、弦楽五重奏第4番ト短調K.516の冒頭の譜を書いて、「モーツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる・・・」と。小林秀雄は「Tristesse(かなしさ)を味わうために涙を流す必要がある人々には、モーツァルトのTristesseは縁がないようである」と書いた。確かに、K.516はそうかもしれない。しかし、このアダージョの、救いようのない悲しさに涙してしまうのは、私だけだろうか。
それでは、K488(クリック)第二楽章、お一人でじっくりお聴きください。
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今年は、モーツァルト生誕250年である。1984年、今から22年前「アマデウス」という映画が あった。モーツァルトを非常に下品な人物として描いていたのを覚えている。そして、凡庸なる宮廷作曲家アントニオ・サリエリが、凡庸なる自分を生かした神に復讐するため、精神的に追い込み死に至らしめるという内容である。| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
モーツァルト生誕250年を記念して、モーツァルトのお気に入りの曲をこのブログでMp3でお届けする企画を勝手に行ないます。多くに人に聴いてもらいたい。そしてモーツァルトのすばらしさを感じてもらいたい。そんな企画です。今年のこの機会にモーツァルトを聴きたいという方、是非ご期待下さい。あまり知られていないモーツァルトの名曲がお届けできるよう選曲いたします。どうぞよろしく!!
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