フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

三国志

2012年12月 1日 (土)

泣き虫弱虫諸葛孔明 第壱部・第弐部

12

 酒見賢一著 「泣き虫弱虫諸葛孔明」第壱部、弐部を読む。

口喧嘩無敗を誇り、いじめた相手には得意の火計(放火)で恨みを晴らす―なんともイヤな子供だった諸葛孔明。奇怪な衣装に身を包み、宇宙の神秘を滔々と説いて人を煙に巻くアブナイ男に、どうしてあの劉備玄徳がわざわざ「三顧の礼」を尽くしたのか?新解釈にあふれ無類に面白い酒見版「三国志」待望の文庫化。

壱部は、孔明幼少から三顧の礼まで、弐部は、孔明出廬後から長坂坡の戦いまでが描かれています。ハードカバーは参部が出ているようですが、文庫化まで待ちます。
三国志、三国志演義の矛盾をつきながら、これでもかと笑わせてくれます。

2012年10月20日 (土)

三国志 第八巻(宮城谷)

8 10ヶ月ぶりに第八巻がでました。早速読破。やはり今回も1日で読んでしまった。また1年待ちだ。

book戦え、と天はわれに命じている。天意を感じた関羽はわずかに笑み、そして孫権の兵に突入し斃(たお)れた。復讐を誓い荊州に出兵した劉備だったが、自らも死の病に伏す。30余年の霸道を駆けぬけた魏王曹操もついに崩じ、王位は嗣王の曹丕に。戦国の英雄たちの死によって後漢王朝期は終焉を迎え、今ほんとうの三国時代が始まる――
第八巻は、関羽の闘いと死、劉備・曹操の死を描く。葬送の巻だ。

2011年12月25日 (日)

横山三国志

北方 三国志 13巻再完読。結局、続いて横山光輝「三国志」30巻(マンガ)を読んでいる三連休でした。

2011年12月17日 (土)

北方謙三 三国志1-13巻再読中

月初のゴルフ合宿でお小遣いを使いすぎたので、倹約のため本代をうかしたい。よって只今北方謙三の三国志 全13巻再読中。現在9巻目。北方三国志の人物像で面白いのは、なんといっても張飛。呂布・馬超もなるほどという描き方。そして孟達。こいつが鍵を握る重要人物として、またその有り様を誰よりも浮き彫りにしているところは必見だ。赤兎馬のように怒涛で読み進もう!!

2011年12月 5日 (月)

宮城谷 三国志7巻

7

文庫本 宮城谷昌光著 「三国志7」。1年ぶりの発刊。随分と待っていたのだ。そして驚くことに今後も1年に1冊のペースだという。あまりのことに肌が粟だった。(北方風いいまわし)しばらく読まないと心に決めていた。でもやはり買ってしまう。そして読み始めたら結局1日で読んでしまう自分がいた。

book荊州において劉備の勢力が膨張している。孫権は本気で荊州を劉備に任せたのであろうか。北方にいる曹操の目には、両者は協調しているように映る。そして西方には馬超と韓遂がー熾烈な戦いを進める初老の曹操にとっていまや蔵月さえも障害になりつつある。建安二十一年、魏王となった曹操は、後継を誰にするか迷いの中にいた。・・・

劉備の蜀への侵攻。曹操の西涼の併呑などが描かれています。やはり細かな人物の外伝を丁寧に拾っていて、とてもおもしろいです。


2009年4月26日 (日)

貂蝉

Photo 三国志演義、前半の立役者にして中国四大美女の一人である「蝉」を女剣士に見立ててのフィクション物。「連環の計」をテーマに呂布の最後までを描くが、そこには女二人の大いなる野望が・・・・

完璧な肉体と官能的な踊りで男たちの目を奪ってやまない絶世の美女・貂蝉。彼女は単なる踊り子ではない。悪虐の限りを尽くす董卓・呂布を、その穢れを知らぬ身体で誘惑し同士討ちさせようと暗躍する女剣士であった。大願成就のため、情けも涙も恋心も捨てた救国のための自己犠牲―しかし、貂蝉の女心は微妙に揺れる…。

暇つぶし暇つぶし。

2009年3月16日 (月)

仲達

Photo 塚本青史著「仲達」を読み終える。

秋風五丈原。死せる孔明、生ける仲達を走らす!で名を馳せた司馬仲達から視た三国志時代の小説だ。ただ、宿敵・諸葛孔明率いる蜀軍と五丈原の戦いは軽くあしらわれている。孔明ファンには、怒りを買いそうな仲達の言葉も目立つ。仲達の視点からの物語だから致し方ない。しかし、孔明の仕掛けた罠は孔明の死後も思わぬ容で呉に息づく。それは・・・・。読んでのお楽しみか。

2008年1月 5日 (土)

陸遜

Isbn4569661467_2 「呂蒙」に引き続き「陸遜~太佐 順(PHP文庫)」を読んだ。蜀の諸葛孔明、魏の司馬仲達と並び称されたのが呉の陸遜だ。呂蒙に見込まれ、関羽を油断させ、不意打ちを食らわす段になってからめざましい働きをするようになった。関羽の復讐戦を挑んできた劉備に対し、孫権から迎撃軍の指揮官に任じられた陸遜は、持久戦に持ち込む。(夷陵の戦い)対峙すること約半年。はやる自軍の武将を抑えて、補給線が伸びきったところを火攻めにした呉軍は大勝利を収め、陸遜はこの戦いで名実ともに大将軍となる。やがて丞相まで昇りつめ、まさに位人臣を極めた、最期は不遇だった。呉の後継者争いに巻き込まれ、孫権から流罪を言い渡されたことから悲痛のうちに憤死するのである。本書は、孫権・呂蒙によって見出され、孫権の命によって人生の幕を閉じた陸遜の波乱に満ちた生涯を描いた歴史小説である。当ブログで一番の検索ワード「石兵八陣」に登場するのが、この陸遜だが、本書には残念ながらこの記述は無い。呂蒙などもそうだが、とかく呉を中心にすえた三国志物では、蜀の人物は軽視されるからだ。

2007年12月29日 (土)

呂蒙

Photo_2 「呉下の阿蒙」「括目」で有名な三国時代の呉の知将「呂蒙」を描いた本がまたまたPHP文庫からでた。読む。 呂蒙は、蜀好きの三国志ファンには痛い存在だ。かの関羽将軍を見事な計略で追い詰め討ち取った知将だからだ。呉の兵権は、周瑜・魯粛・呂蒙・陸遜と受け継がれていくのだが、呂蒙は元々武勇の士であった。教養は全くといってよいほど無かった。しかし、孫権から教養の大切さを諭されて勉学に励んだ。これにより軍略も身に着けた。全くの庶民であったことからもその有能さがわかる。三国志演義では、関羽の亡霊により、全身の穴という穴から血を吹いて死んだとされているが、関羽討伐時に既に病魔に侵されていたのが真実らしい。彼は、陸遜を自分の後継に指名して病死する。私は、ここでも登場する甘寧が呉の将軍の中では好きだ。

2007年3月 6日 (火)

荀彧

Isbn9784569667959 PHP文庫から出ている「荀彧」という本を読んだ。荀彧なくして曹操なしと謳われた魏の名軍師である。最期は、曹操と距離ができ、もはや不必要とされていると感じ、毒を仰ぎ死んだというのが定説(空の壷の話)であるが、本書は、そのように終わらせていない。また、漢室を重んじていたとされる説をも覆がえしている。むしろ、曹操に早く、漢四百年の重みを飛び越えよと箴言する姿がそこにある。正統三国志ファンには眉をひそめそうな展開だが、そういう作者独特の解読もおもしろい。さて、本書とは少し関係ないが、荀彧で一番の軍師としての名場面は、なんといっても曹操へ勇気づけの場面であろうか。

彧則見太祖。太祖乃以紹書示彧、曰、今将討不義而力不敵、如何。

彧曰、古之成敗者、誠有其才、雖弱必強。荀非其人、雖強易弱。

劉・項之存亡、足以観矣。

彧すなわち太祖に見まう。太祖すなわち紹の書を以て彧に示して曰く、

「今、不義を討たんとするも、力、敵せず、如何せん」彧曰く、

「古の成敗は、誠の其の才有れば、弱と雖も必ず強く、荀しくも其の人に

非されば、強と雖も弱め易し。劉・項の存亡、以て観るに足る矣。

昔から勝敗は人しだい。トップに其れだけの力(力量)があれば、弱くても必ず強大になる。逆にトップに人を得ていなければ、いかに強くても最期は弱くなる。これは、劉邦と項羽を見ればわかることだと、袁紹と曹操の人を比較して、袁紹は曹操の敵ではないと、弱音を吐く曹操を勇気づける。この言葉を得て、曹操は袁紹との対決を決意するにいたる。誠に王佐のすぐれた直言といえよう。

より以前の記事一覧